齋藤精一 × レイ・イナモト × 石川俊祐AIM HIGHER
クリエイティブでさらなる高みを目指すために必要なこと
1904年に誕生した、世界初の実用的腕時計「サントス ドゥ カルティエ」。冒険心と社交に長けたブラジル人飛行家アルベルト・サントス=デュモンと、カルティエ3代目当主のルイ・カルティエの出会いから生まれた名作だ。
丸い懐中時計の時代に“手首に着ける角形”というイノベーションを起こし、それから100年以上、アップデートを重ねながら、さらなる高みを目指して進化し続けている。
カルティエ ジャパンは2018年、そのストーリーを現代に紡ぐプロジェクトとして「Santos Lab」を始動。サントスに宿る革新性や創造性をキーワードに、“現代のサントス=デュモンとルイ・カルティエ”たるイノベーターらによる化学反応を創出している。
2年目のテーマは、「AIM HIGHER-さらなる高みを目指して-」。クリエイティビティを武器に世界で活躍するクリエイターは、どんなモチベーション、どんな方法で、“さらなる高み”を実現しているのか?
建築で培ったロジカルな思考を基にアート・コマーシャルの領域で活躍するライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤精一、錚々たるグローバル企業においてデジタルマーケティングを成功に導いたレイ・イナモト、そして、デザインとビジネス、クリエイティビティの融合を追求する石川俊祐。主戦場の異なる3者の対話から、そのヒントを探る。
テクノロジーが発達と浸透、グローバリセーションによる均一化により、目に見えない閉塞感が漂う現代においては、イノベーションにより新たな価値を生み出すことに多くのクリエイターがしのぎを削る。
次々と価値が創造され、塗り替えられる中で、その最前線を駆けるイナモト、齋藤、そして石川の3人は、クリエイションの起点をどこに求め、どうアウトプットしているのだろうか。
石川は言う。「子供の頃から、身のまわりのことに日々疑問や違和感を感じていました。世の中は、自分の周りにあるものは、こうなっていたらもっと良いはずなのに、どうしてそうなっていないのだろう」と。そうしてまわりのことを観察し、違和感を自分のなかで課題へと昇華することが、幼少期から癖になっていた。
齋藤もまた「僕は、“間違い探し”というんですけど」と、石川の言葉に共感を示す。
「街を歩いていて目にするものに、大人の事情や既得権益、忖度というものを読み取ることができるようになりました。そこにある知恵の輪をどうやって解き、良いものに変えていくか。それが難しいことであればあるほど、僕は燃えてくる。みんなが登ろうとして登れなかった山を、違う戦術とツールで制覇することに興味がありますね」
かたや、イナモトは、新しいものを生み出す思考の原点を「次の次元に行くこと」だと言い、かつて手がけたランニングのアプリの話を挙げた。
「そのアプリが開発されるまで、長距離ランナーたちは1kmを何分で走るのか、メモを自分の腕に貼っていました。デジタル化によって、そんな煩雑なことをすることなく気軽にランを楽しむことができるようになった。そこで次元が変わったんです。それ以降、さまざまなアプリやサービスが生まれることになりました」
良いクリエイションは、アクションの先にある
そうして日常に“種”を見つけていく三者だが、齋藤が注目するのは、アイデアよりも、その先にある「実装」だ。「イノベーションというと、0→1の“空中戦”の話が多いけれど、僕は1→10の“地上戦”。それをできる人があまりいない」。そう指摘する。
「思い入れがあるのは、2019年11月に横須賀の猿島で開催したSense Islandです。無人島にアート作品を点在させ、参加者に、暗闇の島を歩きながら作品を探し、アートを通じて猿島の自然を感じてもらうというものでした。初年度でお金がないからアーティストたちも自分たちで設営をする。僕も40kgの機材を担いで山を登りました。結果的にプロジェクトは毎日満員御礼で大成功し、手応えを感じました」
そんな経験から齋藤が力を込めて語る。「これからはアクション。〇〇思考や企画を立てるばかりでは真のイノベーションは起こせません。それに、マーケティングから出てくるものは打率が悪いですよね。肌感覚では3割くらい」。
となると、何事にもしゃにむに取り組んで片っ端から形にすれば良いというものでもない。どうしたら起点を定め、それを磨き上げていくことができるのだろうか?
「僕は失敗を恐れずにアクションを続けて、一人でも賛同する人がいたり、ひとつでも新しい発見があればそこから始めていく。2019年は、“未来”という言葉を使うことはやめて、いかにその言葉に頼らずに先を提示できるか考えていました。未来はあくまでも、今日の延長に来るものです」
齋藤の言葉を受けてイナモトは投げかける。
「プロとしてものを作り、世の中に出すには、ヒト・カネ・時間の3つの問題があります。この3つをクリアするなかで、本当にいいものを作れてしまうヒトは、天性のひらめきに加え、“痛みに強い”という要素を持っています。打たれ強い。クオリティを上げられるヒトにはそういう性質がある」
その“打たれる”とは、必ずしも他者からというわけではない。むしろ、自らアクションを起こし、アウトプットして、他者の反応を見ながら改善を重ねていく。「自分で自分を打てる人、問いを持ち続けられる人」という石川の言葉に、二人も賛同する。
では、なぜ彼らはそれができるのか。絶えることなく、彼らを価値創造に向けて突き動かすものは何なのか?
齋藤は、「僕は、誰も解けなかった知恵の輪を解きたい。その中でも特に、自分の感性で“これは良い”と感じるものをちゃんと実装したいというのが一番のモチベーション」と語る。
そして石川は、「もっとこういう世の中だったらいいのに……という世の中像を追いかけ続けることでしょうか。テクノロジーは僕を本当に幸せにしてくれているのか、もっと良い世界を想像できるのに、どうして僕のまわりにそれがないのだろうか。そうした問いを、ライフスタイルや働き方、仕組みやビジネスモデルと掛け合わせています」と言う。
プロダクトやコミュニケーション、または社会のより良いあり方。フィールドこそ違いがあるものの、共通するのは「今はない何かを作りたい」ということに尽きる。
離れた点と点をつなぎ、新しいものを生む
サントス=デュモンとルイ・カルティエの共創によってサントスが生まれたように、イノベーションは異なるものの掛け合わせがカギを握る。そうしたヒト×ヒトの組み合わせを考える際、その相手には何が求められるのか。
齋藤は自分自身の方法論を熱く語る。それは、シナジーを生み出す精鋭でチームを作ることはもちろんとして、重要なのはイソップ童話の「アリとキリギリス」でいうところの「キリギリス」の存在だ。
「童話ではコツコツと働いていたアリが幸せになるように、20世紀型の統制のとれた社会で機能してきたのは確かにそういう人物なのでしょう。しかし、いま必要なのはキリギリスのほう。常識にとらわれず、突拍子のないアイデアを出し、突拍子のない進め方ができる人。そしてその(キリギリスの)思考が通じる人が周りにいることも重要です」
ライゾマティクスの社名のルーツである“Rhizome(リゾーム)”とは、全く違うところにある点と点を結びつける、それでいて複雑系の社会構造を意味する。それはときに繋がり、有機的に機能したかと思えば、不規則に形を変えていく。そんな予想不能な増殖を繰り返していくことが、齋藤の言う「今はない何かを社会に実装する」ことだ。
例えば、齋藤は以前、スポーツメーカーのプロジェクトで“スポーツ選手の像”を作る際、工業用ロボットのメーカーと組んだ。「プロジェクトの最初、ロボット会社の人たちは“何を言っているんだろう?”という顔をしていました。でもそこに、双方の言語がわかる仲介役(キリギリス)が入り、会話を重ねていくと、コラボレーションが機能するようになっていきました」と振り返る。
イナモトの考えるキリギリスは、クリエイティビティだけでなく、アイデアを形にする実行力を兼ね備えている人だ。
「広告業界には口が立つ人は多くて、ミーティングしていると賢そうなんですが、残念ながらモノづくりは進まない(笑)。でも世の中には、考えることと作ることが同時にできる人が存在します。アイデアを語りつつ、それを形にして見せることもできてしまう。すると、いままでになかった突破口を具体的に示すことができるので、物事がどんどん動いていくんです」
ルイ・カルティエに腕時計の製作を依頼したサントス=デュモンは、ブラジル出身。パリの社交界では独特のファッションセンスで知られ、数多くの科学者やエリートたちと刺激を与えあっていたという。
そんな彼の社交的な側面はまさにキリギリスの姿を想起させるが、ただ歌い、遊んでいた童話のキリギリスと違い、サントス=デュモンは飛行船でエッフェル塔の周りを一周してみせるなど、時代を切り拓く冒険家としてのクリエイティビティと挑戦心でパリの人々に心躍るものを提供していた。
「人×人」でクリエイティビティを高めるには
さて、“個”に求められる資質がわかったところで、その個々人がクリエイティビティを発揮できるコラボレーションとはどのようなものか。
「例えばチームなら、パッションを持っている状況を維持できるかどうかが重要ですね」と石川は言う。
石川が以前活躍していたIDEOでは、「採用の仕方が特徴的だった」。まず、2本のスキルを柱として持っているかどうかを重視する。そしてデザインでもエンジニアでも、50%はそのスキルを見る。残りは「(特に他者への)純粋な好奇心の強さ(genuine curiosity)」を評価するのだという。
「適度なミーハーさとでも言えばいいのでしょうか。例えばエンジニアなのに、 “ビジネスデザインって何をどうしているの?”と聞いてくるような好奇心があるような、コミュニケーションの“のりしろ”がある人をIDEOでは集めていました。だからこそ、誰もがお互いのしていることに踏み込んだり、助けあったりして、コラボレーションしながらプロジェクトが進んでいくんです。そして同時に、みなが自由でありながらリズムよく働くための意義づくりのような会話は、プロジェクトの初期からかなりやっていました」
さらに、目指すゴールが“完全に共有されていること”が重要だと石川は補足する。完成は1年後なのか10年後なのか、大胆にいくのか、それとも失敗しない手段をとるのか。それらの共有から生まれる信頼感と安心がオープンなコミュニケーションを担保するからだ。
そこに齋藤は、「0→1と1→10では違う筋肉が必要。磨き続けるには持久力が必要」と加えた。
イナモトは対談のなかで、面白い言葉を口にしていた。自らのクリエイションの基本姿勢として、「もちろんある程度のロジックは必要ですが……」、と前置きしながら言った言葉。それは「Magic is greater than logic(ロジックよりマジック)」。
他者の才能やきらめきに好奇心を持ちつつ、持ち前のセンスとビジョンで人々を楽しませたサントス=デュモンのように、自らのクリエイションや存在で周囲を驚かせること。そして、その労を惜しまずに自ら動く。そんな人物が、これからのクリエイションを高みへと導いていくのだろう。
- 齋藤精一
- ライゾマティクス・アーキテクチャー主宰。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、00年からNYで活動を開始。その後ArnellGroupにてクリエイティブ職に携わり、2003年に帰国。2006年に株式会社ライゾマティクスを設立。
- レイ・イナモト
- Creativity誌「世界の最も影響のある50人」、Forbes誌「世界広告業界最もクリエイティブな25人」の1人に選ばれ、NYを拠点に世界で活躍しているクリエイティブ・ディレクター。2016年にInamoto & Co(現 I&CO)を立ち上げ、2019年7月に東京オフィスを設立。
- 石川俊祐
- 英国セントラルセントマーティンス卒。日本の家電メーカー、英デザインイノベーション会社PDDのCreative Leadを経て、IDEO Tokyo立ち上げに従事。2019年に株式会社kesikiを立ち上げ。著書に『Hello, Design 日本人とデザイン』など。