EVENT REPORT #10 BEYOND CREATIVITY YUSUKE SATO x YASUHIRO SASAKI x SHIHO FUKUHARA

飛行家は上空から見るパリの姿を宝石商に語り、宝石商はデザインと腕時計の可能性を探る。1904年に完成した名作ウォッチ「サントス ドゥ カルティエ」誕生前夜の情景を想像させる夜がそこにあった。

イノベーターが集い、化学反応が生まれる場──カルティエが主催し、“現代のサントス=デュモンとルイ・カルティエ”の出会いを創出する「Santos Lab」が11月21日、都内で開催された。2018年にスタートしたこの取り組みは今年で2年目となる。

世界のアーティストが集うクリエイティブの祭典「AnyTokyo2019」を会場に行われたトークセッションには、3人のゲストが登壇。シリアルアントレプレナーであり投資家でもあるhey代表の佐藤裕介、日本を代表するデザイン・イノベーションファーム Takram ディレクター&ビジネスデザイナーの佐々木康裕、そして、バイオアーティスト・福原志保。モデレーターは、Forbes JAPAN エディトリアルアドバイザーの九法崇雄が務めた。

AnyTokyoは、新たな価値を生み出そうとする人々や企業が集い、予測できない未来を実験、そして発見するためのクリエイティブの祭典(会期 2019年11月16日〜24日)。“化学反応“を意図するSantos Labと共鳴するものを感じ、今回会場とした。昨年Santos Labに登壇した脇田玲(アーティスト/慶應義塾大学SFC環境情報学部学部長)も出展していた。

九法曰く、「登壇者3人はほとんど初対面」。そんな彼らは、ここでいかにビビッドな化学反応を見せるのか。

セッションのテーマは、Santos Labの今年のテーマである「AIM HIGHER-さらなる高みを目指して-」とつながる「クリエイティブのその先」。抽選で選ばれた約30人の来場者を前に、セッションは冒頭から3色の絵の具が混じり合うような鮮やかなコントラストを描き出していった。

畑違いの3人の共通項はクリエイティブであること。そこでまず彼らに投げかけられた質問は、「クリエイティビティとはなにか?」。

事前にこの質問を聞かされていた佐々木は、一日悩み込んだという。そして思い出したのが、自らが学生時代に写真部に所属していたときの感覚だった。

「自分のクリエイティビティの原点があそこだったのかなと思います。カメラを持って長い旅行に行けば、写真は2万枚にも及びます。その写真をあとで見返して良い写真を選びながら思ったんです。これは“作る”ではなく“選ぶ”だな、と。その選ぶ行為が自分の作品を作り出す重要な行程であること、つまり、編集作業にクリエイティビティを見出したんです。

次々に新たな取り組みをされている佐藤さん、福原さんの前で言うのははばかられるものがありますが、僕は、世の中に“作られることを待っているもの”がだんだん減ってきているのではないかと感じています。

そんな時代のクリエイティブは、すでに現実にあるものをのりづけしていくことで、新しいものを作り出すことにあるのではないか。そう考えています」

その佐々木の言葉に反応を見せたのは福原だった。

「私はクリエイションって? と考えてしまうと苦しくなってしまってものが作れなくなくなってしまうんです。だから、その問いについてはあまり考えないようにしていて。疑問に思ったことや知りたいと思ったらすぐに人に会いに行き、話を聞く。それを繰り返し行っていると、記憶に残っていた破片が、あるときガチャっとハマる。それが、自分が追求する新しいテーマになっていきます」

この共鳴する2人の言葉を、佐藤がさらに広げていく。

「ふたりの言う “編集”という観点は、ビジネスや経営でも言えることですね。面白い問いを見つけて、それを形にする。それが良い形になったり、ならなかったりということはあるにせよ。なにかを結びつけることはよく行われていることです。そのときに重要なのは、まずは問いを見つけることなのかなと思います」

佐々木は、「毎日10の問いを立てること」を自らの日課にしようとしているという。ノンジャンルで、スマホにどんどんメモして、ときにツイッターでつぶやきもする。人の音楽の好みを変えるには? 世の中からテレビをなくすには? なぜ女性はピンクを好むのか? 男女の境目をなくすには…?

福原も言う。「私の口癖はwhyなんです」。

バイオアーティストとしてアートにもサイエンスにも身を置く福原曰く、サイエンスであれば「What is the life(生命とは何か)」という大きな問いのもとに、さまざまな問いが派生する。そしてさまざまな問いに対してひとつの正解を求めていく。

学問としてのサイエンスがたくさんの正解を積み上げていくのに対し、アートはひとつの正解に固執する必要がない。「ひとりひとりが感じるものが正解。問いをアートの形で世に送り出すとたくさんの答えが生まれる。だからアートは面白い」。福原がサイエンティストではなくバイオアーティストとして活動している一つの理由はそこにある。

今回、会場となったAnyTokyoで福原がHUMAN AWESOME ERRORのメンバーとして参加した作品は、工芸作家×旧車會×アーティストというかつてなかったコラボレーション。技巧や民藝の文脈のなかにあった工芸の既成概念にメスを入れるという意欲的な作品だ。

アートからビジネスまで、世の中にはさまざまなクリエイションがあるが、時代を超えて長く残るものもあれば、一時的に注目は浴びるものの、やがて人々の記憶から消え去るものも多い。その違いはなんだろうか。強度のあるクリエイションとは?

議論が進むなか、福原は自身が手掛けたプロジェクトを紹介する。リンゴの木に人の遺伝子を組み込むことで、故人がリンゴの木とともに生き続けるというものだ。しかし、このプロジェクトは新たな倫理的な問いを生み出すことになった。人の遺伝子が組み込まれたリンゴの実を食べるのはどうなのか、と。

「新しいものを作ったら、新しい問いが生まれるという話はとても興味がある。受け継がれるものが備える属性とも言えるかもしれません。解釈の可能性の大きさ、消化しきれない物語の深さがあるものは長く残るのではないでしょうか」と佐々木は言う。

そこで佐藤は、自身の経営する会社が開発に携わり、この数年で普及しているタクシーの「タブレット広告」の事例を紹介した。端末のカメラを使い、乗車した人物の属性を識別してターゲティング広告を出すというもので、それは「タクシー料金はタダにできないのか?」という問いへのアプローチだった。

すると佐々木は、直近の事例としてあるデニムブランドの立ち上げに携わったエピソードを語る。

「アマゾンのジェフ・ベゾスは、新しいビジネスを考えるとき、未来のことを想像しながらそのサービスがローンチしたときのプレスリリースを書くのだそうです。そこから逆算してサービスを設計する。僕は、そのやり方をもっと進めてみたいと考えたんです」

そのやり方とは、社会への波紋、つまりユーザーレビューを先に書いてしまうというものだった。ユーザーが、社会がどのように反応するのか、そこまでを入念に考え抜いてから、ビジネスを設計していくという。

成功と失敗から得た気づき、着想の技術、コラボレーションすることで見えるもの──。この日初めて対話する三者三様の知見が、超高速で循環し、膨らんでいく。

トークセッションの終わりにはQ&Aの時間も設けられた。「良い問いに気づくためには?」「やりたいことがありすぎるときの優先順位の付けかたは?」という突っ込んだ問いが投げかけられ、さらにインタラクティブな会話が膨らんでいく。

トーク中、鋭い問いを投げ込んで彼らを刺激し続けたモデレーターの九法は、「テーマこそ決まっていたものの、今日はなにかの答えを出そうというものではない。まったく違うことに取り組む3者がどう膨らんでいくかを僕も楽しみました」とセッションを締めくくった。

Santos Labを提供するカルティエの狙いはまさにそこにある。時代のイノベーターとともに歩み、文化を醸成してきたメゾンのまなざしのもと、やがて登壇者、来場者を交えた会話はセッションの会場から、秋風の吹くテラスへ。

抽選に当選して訪れた来場者たちの顔ぶれも多士済々、筆者が話をできただけでも広告宣伝会社に属するクリエイターや、事業会社での新規事業担当者、自身でブランドを立ち上げた経営者など、様々な業種に至る。なぜ今日参加したのかを問うと、「登壇者の顔ぶれを見て、どんな話になるんだろう? と気になって応募した」という声がほとんどだった。

トークセッションを受けて、佐々木が述べた実践的なプロモーション技法を自身のビジネスでも試してみたいと話す人、福原が語ったバイオアートと倫理の問題をさらに膨らませて話す人、また登壇者に直接疑問をぶつける人……思い思いの話ははずみ、随所で花咲く語らいは、夜が深まるまで続いていくのだった。

トークセッションの会場から場所を移したネットワーキングの様子。AnyTokyo出展アーティストらが入り混じった会話が夜が深まるまで続いた。

Text by Tsuzumi Aoyama