1904年に誕生した「サントス ドゥ カルティエ」は、航空界のパイオニアであるアルベルト・サントス=デュモンが、飛行中に懐中時計を取り出すのが困難であることを友人のルイ・カルティエに相談したことからつくられた世界初の男性用実用的腕時計だ。
このカルティエにとってのアイコンウォッチが今年4月、モダンに進化して発表された。100年以上にわたって伝統を守りつつも時代に合わせて変化し続けてきたサントス ドゥ カルティエは、なぜ人々に永く愛されるプロダクトになったのか?
6月某日、約20名の起業家、イノベイター、クリエイターを招き、慶應義塾大学SFC教授でアーティスト/サイエンティストの脇田玲、デザイン・イノベーション・ファームTakramのマネージングパートナーでコンテクストデザイナーの渡邉康太郎とともに「永く続くクリエイティビティとは?」をテーマにワークショップが開催された。
「アート・ストーリー・サイエンス」の視点から時代を越えるクリエイティビティについてひも解いたトークセッションのダイジェストを紹介する。
右から、アーティスト/サイエンティストの脇田玲、コンテクストデザイナーの渡邉康太郎、モデレーターは『Forbes JAPAN』編集次長 兼 WEB編集長の九法崇雄が務めた。
当日ワークショップに参加した約20名のゲストには、それぞれの「歴史ある愛用品」を持参してもらった。カメラやバッグから、時計、鉛筆、PC、自転車のサドルまで。なぜその愛用品を使い続けているのかを語り合いながら「永く続くクリエイティビティ」の秘密を考えた。
「Arting」から「Sciencing」へ
「アート&サイエンス」をテーマに活動する脇田は、2つの関係性から「永く続くクリエイティビティ」、すなわち普遍的な価値がどのようにつくられるかを説明できるのではないかと問う。
「まずアートとサイエンスというものの本質を、一般的に言われているものとは違う文脈から考えてみたいと思います。
アートとは、アーティストと呼ばれるような人が自らの洞察や個性から、ある『特異なもの=particularity』をつくり上げることです。しかしその特異なものとは、彼/彼女にとっては『本質的なもの=universality』なのではないか。そう考えるとアーティストたちは、社会に普遍的に通用する何かを追い求めて特異的な作品をつくっているといえるのかもしれません。
一方で、サイエンスはその反対なのではないか。つまり、サイエンスとは積み上げてきた『普遍的な法則=universality』に基づいて目の前にある『特異なもの=particularity』を精査していくアプローチだと思うわけです。
実は昔、有名な物理学者で夏目漱石の弟子でもあった寺田寅彦さんが同じことを言っているんです。アートとサイエンスは、あるものをまったく反対から追い求めた営みであると。科学者と芸術家がそれぞれ山や川、草木や動物を見るとき、2人が見ているのは同一な『真=truth』の反対側である。その真を違うアプローチから追求しているのが芸術家と科学者であると彼は言っているのです」
脇田が持参した愛用品は、ディズニー好きの父親から譲り受けたクックブック。ディズニーのように「自分が死んだあとも誰かが語り継いでくれるようなものをつくりたい」と語る。
そのうえで脇田は、アートとサイエンスにそれぞれ「ing」をつけて、アートは「アーティング=Arting」と、サイエンスは「サイエンシング=Sciencing」と呼ぶべきではないかと提唱する。社会学者クリストファー・スモールが、音楽とは曲そのもののことではなく、演奏する人や聴く人が参加することで成り立つものであるという意味を込めてMusicを「Musicking」と呼んだように、アートとサイエンスも、批評する人や受け取る人がいて初めて成り立つものではないかと。
「そう考えるとみなさんが持ち寄った愛用品も、はじめに誰かがつくり、それに対して人々がお金を払ったり共感したりするという『アーティング』のプロセスがあったはずです。それが数十年や数百年という時の試練に耐えると、最初は特異的であったものに対して多くの人が価値を認めるようになり、新しい普遍性が生まれる。つまり、サイエンシングの過程に入っていく。
この時の試練に耐えるときに必要なのが、ストーリーテリングなんじゃないか。最初にアーティングがあり、それが人々に使われるなかで語り継がれ、やがて普遍的なものとしてサイエンシングされていく。そして出来上がったものが、再評価・再解釈されることで、またアーティングに戻っていく。時代を越える価値が生まれる過程には、こうした『クリエイティブ・ループ』があるのではないかと考えています」
スモール・ストーリー・プロジェクト
脇田が考える「クリエイティブ・ループ」は、もしかしたら日々一人ひとりのなかで起きているものかもしれない、と渡邉は続ける。
「ぼくが好きな寺田寅彦の短歌に、彼が夜の庭でぼうっとしているときに詠んだものがあります。
『好きなもの イチゴ珈琲花美人 懐手して宇宙見物』
ここでは生活的な卑近なものと、何億年も前に放たれた光との対比があります。寅彦にとってそれらは常に隣り合っている。つまり彼は日常のなかに普遍的なものを見出す視点をもっていて、おそらく頭のなかではアーティングとサイエンシングがいつもループを繰り返している。それを示すような歌だと思っています。
ぼくらが使っている愛用品にも、ひとつのブランドとしての『大きなストーリー』とは別に個々人が体験する『小さなストーリー』があるように、このクリエイティブ・ループは人の数だけくるくると回っているのかもしれません」
渡邉が持参した愛用品は、「月のほこり」という名のエルバンのインク。このインクをきっかけに仲良くなった作家の女性とのちに結婚しました、と渡邉は語り、2人の物語は1670年から続くエルバンの「大きなストーリー」と並行するように生まれた「小さなストーリー」と呼べるのではないかと言う。「こうして一人ひとりがエルバンの物語をリレーしていくことで、ブランドへの愛着は人々に受け継がれていくのだと思います」
さらに渡邉は、作家ポール・オースターが全米のリスナーから本当に起きた話を集め朗読したラジオ番組と、それを書籍化した『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を紹介。普段は見えない「他人の物語」に出合える瞬間がもっとあってもいいのでは、と語る。
「『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を読むと、多くの人の実体験による喜怒哀楽に触れられます。日常のあらゆるところに素晴らしい物語が潜んでいる。あらゆる人が、それぞれの美しい物語をもっている。そうした小さな物語が生まれてくる流れを後押しするようなエネルギーがあってもいいと思うんです。ナショナル・ストーリー・プロジェクトを、いろいろなブランドや企業が自ら集めるべきだし、それがあったらぜひ読んでみたいと思います。これは脇田さんのいう『アーティングとサイエンシングのループを回す』ことにもつながります」
野性としてのテクノロジー、日本人の子どもの心
「テクノロジーはクリエイティビティにどう影響するか?」との会場からの質問に対し、脇田はテクノロジーを「人間のなかに入り込んだ野性のようなもの」と表現しつつ、「理性でもって生み出し、制御できるものではないかもしれない」と言う。「そうすると、われわれがテクノロジーを使っているのか、われわれがテクノロジーに使われているのかがわからない状況が生まれうる。テクノロジーは使いこなしつつも使われないように慎重になるべき、というのがぼくの考えです」
一方渡邉も、「技術を単体で論じるのではなく、それがどのように人の生活に寄り添えるかという視点で考えたい」と語る。「問題を小問題に分けて考える20世紀の機械工学的なアプローチでは、現代の複雑な問題を解くことができなくなっています。混沌を混沌のままにして取り組むこと、テクノロジーをひとりにせずにユーザー体験の一部として捉えることが重要です」
会場から最後に出た「日本人だからこそできるクリエイティビティの可能性は?」との質問に対して、脇田は職人のように「マニュアル化しない属人的なスキルとの付き合い方」が、渡邉は三浦梅園の「枯れ木に花咲くを驚くより、生木に花咲くを驚け」の言葉を引用しつつ「日常のなかにセンス・オブ・ワンダーを見出す子どもの心」がヒントになるのではないかと語った。
カルティエが開催するワークショップ “Santos Lab”。次回は、「Beyond the Border:ものづくりに必要な“越境”とは?」をテーマに一般公募にて開催。
Beyond the Border:ものづくりに必要な“越境”とは?
日時: | 7月18日(水) 15:00〜17:00:パネルディスカッション+ワークショップ 17:00〜19:00:交流会 |
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会場: | Takram Tokyo Meeting Hub 東京都港区北青山3-12-13 北青山3丁目ビル3F |
スピーカー: | 渡邉康太郎|Takramマネージングパートナー、コンテクストデザイナー 青砥瑞人|脳神経発明家、DAncing Einstein創業者 |
モデレーター: | 九法崇雄|『Forbes JAPAN』編集次長 兼 WEB編集長 |
参加費: | 無料 |
定員: | 25名 |
応募方法: | 下記ボタンより、応募フォームに記入のうえご応募ください。 応募締め切り:7/8(sun) 23:59 |
※応募受付は締め切り致しました。
多数のご応募ありがとうございました。
- 渡邉康太郎
- Takramマネージングパートナー、コンテクストデザイナー。個人の小さな「ものがたり」が生まれる「ものづくり」をテーマに、花と手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」や一冊だけの本屋「森岡書店」を手がける。SFC時代は脇田研究室に所属。
https://ja.takram.com
- 脇田玲
- 慶應義塾大学環境情報学部教授。博士(政策・メディア)。目の前にありながらも知覚することができない自然界の情報を可視化・可聴化・物質化することで、世界の新しい見方を届けるメディアをつくり続けている。
http://akirawakita.com/