EVENT REPORT #11 NEW WAY OF COLLABORATION / NAO TOKUI WITH COMPUTATIONAL CREATIVITY LAB

「飛行機を操縦しながら時間を確認できるような時計が欲しい」

カルティエのアイコニックなメンズウォッチ「サントス ドゥ カルティエ」は、1904年、ある男のそんな思いから誕生した。懐中時計が当たり前だった時代に、ブラジル人飛行家のアルベルト・サントス=デュモンが、友人であったカルティエ3代目当主のルイ・カルティエにそうリクエストしたのだった。

時代を切り開く才能が出会い、友情から始まったコラボレーション(共創)が世界初の実用的腕時計を生み、100年の時を超えて愛され続ける──。カルティエ ジャパンは、そんな時計に宿るストーリーをいまに引き継ぎ、2018年、現代のイノベーターたちとクリエイティブな共創を創出する「Santos Lab」を始動した。

今年2月には、AIを使ったアートやデザインを手がけるクリエイティブ・チーム、Qosmo代表であり、慶應義塾大学SFCの准教授を務める徳井直生と、彼の研究室「Computational Creativity Lab」とコラボレーションしたスペシャルラボを開催した。会場は徳井がHead of Technologyを務めるDentsu Craft Tokyo。

テクノロジーが進化したいま、共創のかたちも進化するのか? そして、そんなコラボレーションからタイムレスなクリエイションは生まれるのだろうか? AIを用いた新しいクリエイティビティのあり方について、AI技術の研究と作品制作の両面から、新しい創造性のあり方について研究・実践を行う徳井が、学生たちとがディスカッションを繰り広げた。

DJブースでヘッドフォンを装着した徳井直生の隣には、AIを搭載したロボット。そのロボDJは、徳井がプレイする楽曲とオーディエンスの反応を解析し、次にプレイすべき楽曲を選択する。人間とAI DJとのバック・トゥ・バック。徳井の代表的パフォーマンスのひとつだ。

そんな徳井のゼミから集った学生は5人。画像解析の技術に長けた山田佑亮は音楽をAIに解析させて、楽曲の中の「感情」を映像化する研究をしている。それぞれファッションデザイン、インタフェースデザインを研究する平田英子と天野真は、監視が過剰になる社会へのアンチテーゼとして、AIを搭載した監視カメラに認識されなくなる“デジタル迷彩服”を制作するプロジェクトを行っている。

また小林篤矢は、各地で行われたフィールドレコーディングによる自然音をDJプレイの現場でリアルタイムに再構築する音楽実験を提示。自らドラムをプレイする野原恵祐は、自身の演奏をAIが解釈し、独自のリズムパターンをリアルタイムに生成し演奏するというシステムを構築している。

彼らに共通するのは、クリエイティブ分野における「AIとの共創」だ。人間ではなく、オルタナティブなコラボレーションのパートナーとしてのAI。人間×AIの共創から生み出されるものはなにか?

徳井は野原に問いかける。「ドラムを叩いているときにAIから感じることってある?」

「人が演奏しているものはパターン化されていて、ぼくらは一瞬でそれがどういうものかだいたいわかる。でもAIはそういうものを抜きにしたものを提示する。エイトビートとか四つ打ちのような、人間の定番にはないリズムの見方をくれるという感覚があります」

それらは必ずしも「新しい見方」ではなく、「別の見方」であると野原は強調する。誰ともなく、AIによるアウトプットに「ハッとする」と表現すると、みなが首肯して同意する。

AIが人間の熱意を刺激する

加えて指摘があったのは、発想のほどよい距離感だ。予想したところからちょうどよく離れたものをAIは返すという。芸術には、歴史や社会の変化という文脈や、数々のアーティストによる解釈など多くの情報量が含まれるが、AIが生成するものはその文脈からは外れている。しかし、「まったく予想外すぎると気持ち悪いけれど、人間が認識できる範囲でほどよく外れているから、理解はできる。そこにクリエイティビティがあるのかな」と言う。

「ただ人間の発想から離れたものを生成するならば乱数でいいからね。そうじゃなくてAIが過去のデータを学習している分、AIが生み出すものはコンテクストに乗っかりつつも、なにか人間が作り出してきたものとは違うものを感じさせるのかもしれない。それはまだAIが完璧ではないから担保されているのかもね」(徳井)

「サントスという時計は、ジュエラーと冒険家、そのふたつの要素が出会って爆発的なクリエイションになったのだと思います。AIと人間についてもそうで、既存のものの見方に対して、AIがちょうどいいベクトルを示してくれるところに新しさがあるのかなと思います」(山田)

まったく新しいものをAIがつくるわけではない、という点で彼らの意見は一致する。むしろ、閉塞感のあるジャンルにおいて、人間の熱意を刺激するようなものの見方をAIが提示するのでは、と議論は進む。

「楽器は、人間がどう演奏するかで形が決まっています。たとえばピアノは指で弾くものだと決まっているので、ピアノの前には椅子を引き、奏者は座って演奏します。でもそうじゃない形が提示されることで、音楽に新しい創造が生まれることもあります」(天野)

エリック・モングレインというギター奏者がいる。ラップタッピングという奏法で、独特の澄んだ音を奏でることで世界が認めるアーティストだ。その唯一無二の音は、弦を両手の指で叩くように演奏することで生まれる。ギターを抱えて弦をかき鳴らす伝統的なスタイルではなく、膝の上に置いたギターの弦を上から叩く。AIはそんなオルタナティブなアイデアをもたらすのかもしれない。

そのときに重要なことは……? 自らドラムを叩く野原は、AIがあるからこそ「人間のパフォーマンスがどう変わるかに期待して注目したい」と言う。AIが新しく生成したリズムパターンに対応するために、新しい奏法や身体の操作が必要とされ、人間のパフォーマンスがさらに高まるという未来も想像できる。

「人によって開発されたAIが何かを生み出し、人がそれを解釈するというフェーズが生まれる。そのフェーズを介して人が作るものが変わってくるのが面白い」(山田)

カギは「ほどよくコントロールを離す」こと

あくまでも、創作の主体は人間だ。そのうえで徳井は、「そこで少しコントロールを離す、その匙加減が大事だよね。クリエイティビティとは何かという問いがあるけれど、僕はそれは、“間違いをどれくらい許すか”ということにあると思っている」と言う。

「無意識に身を委ねたジャクソン・ポロックにしても、キュビズムを生み出したパブロ・ピカソにしても、パッと見ではでたらめに感じられたり、彼ら以前の芸術観でいえば“間違い”だったかもしれない。それをただの間違いとして切り捨てるのではなく、もしかしたら新しい表現なのではないかと読み解く人がいたから、彼らの作風は新たなアートとして認められるようになった」

コラボレーションは、対AIでも対人でも同じだと徳井は言う。バックグラウンドが異なる人との交流から新しい着想が生まれるからだ。徳井ゼミの学生には、エンジニアリングに強い学生、DJやドラムなど音楽を専門とする学生、デザインに精通した学生など、さまざまな面を持つ学生が集っており、例えばファッションのプロジェクトでは、AIに限らず服飾の専門知識が加わったことで、AIとファッションデザインというこれまでにない共創を提示することができた。

他のクリエイションが、大きなインスピレーションになることもある。「ファッションとCGをやっていると“身体の所在”ということをすごく考えるんですが、野原さんは、AIという姿のわからない相手とドラムを共演している。そのうやむやさ、演奏している身体感覚に興味が生まれて話を聞いたときに、自分では想像もできなかった気づきがありました」(平田)

AIは普遍性のあるものを作れるのか?

AIを活用する徳井ゼミに集う学生同士が刺激を与え合う一方、AIと人間との付き合い方もひとそれぞれだ。学生からは「人にはその日によって調子が悪かったりする予測不可能があってそれが面白い」、「AIは機能が限定されているけれど、人間は複雑だから、人とのコラボレーションでは新しいものが生まれる可能性が高い」など、AIを鏡にして人間との関わりの解像度が高まっているという印象もある。

「AIは設計したようにしか動かないし、日々いろいろなことを学習し変化する人間とは違う。ただ、それでもAIが面白いのは、チューニングができる点です。今日は自然にやってほしいというときもあれば、今日はアバンギャルドでいいなというときもある。それを操作できるのがAIの面白みですね」(徳井)

徳井を囲んだ学生たちの話は止まらない。AIで作られたものが評価されるとしたらどんな文脈か? AIによる着想から人間の身体の変容の可能性とは? そして徳井からひとつの問いが投げかけられる。

「いまAIを使って、ビートルズみたいな音楽って作れるのかな? 50年後も聞かれるような。服でもいいんだけど。AIは普遍性を持ったものを作れるのか」

それは、徳井自身が追求しているテーマのひとつでもある。答えたのは小林だった。「AIってまだまだだよね、という人間のバイアスがしばらくかかり続けるように思います。その先入観がなくなるような世の中にしていく必要がある気がします」

バッハの楽曲を学習したAIが作った曲と、実際のバッハの曲を人間に聞かせて、好きなほうを選ばせるという実験があったのだそうだ。すると、最初に票を集めたのはAIのほう。しかし、どちらがバッハの曲であったかを明かすと、被験者たちは「やっぱり本物のバッハのほうがいい」と意見を変えていったという。

そこから読み取れることはいくつかあるが、そのひとつは実際の楽曲の質ではなく作り手のアーティストがもつ文脈や歴史的な評価に、人間の思い入れは左右されやすいということだ。

「AIがカリスマになれるか? ということですよね」と、笑いながら同意する学生たち。彼らには、そんな未来が見えているのかもしれない。その未来が実現するころには、“ヒューマンメイド”ならぬ“AIメイド”がより高い価値を獲得し、普遍性を持つものも生まれるのだろうか。

AIの構造を知り、実際に手を動かしている彼らが描く未来への話は尽きることがなく、そしてリアルだ。サントス=デュモンは、ギュスターブ・エッフェルやジュール・ヴェルヌをはじめとする産業・芸術・科学の世界のエリートたちとの豊かな人脈を持つ社交家でもあった。ルイ・カルティエやサントス=デュモンらかつてのクリエイターたちも、こうして集い、会話を重ねて新しい何かを生み出していたのだろうと思わせる、そんなスペシャルラボだった。

徳井直生
Qosmo 代表取締役 / 慶應義塾大学 政策・メディア研究科 准教授 / Dentsu Craft Tokyo Head of Technology。2009年にQosmoを設立。Computational Creativity and Beyondをモットーに、AIと人の共生による創造性の拡張の可能性を模索。また、AI DJプロジェクトと題し、AIのDJと自分が一曲ずつかけあうスタイルでのDJパフォーマンスを国内外で行う。2019年4月からは慶應義塾大学SFCでComputational Creativity Labを主宰。研究・教育面からも実践を深めている。

参加学生:山田佑亮、天野真、平田英子、小林篤矢、野原恵祐