松嶋啓介 × 後藤映則創造力を養うためには、
物事の「ルーツ」を深掘りせよ
フランス ニースに店を構え、世界を舞台に活躍する料理家・松嶋啓介と、SXSWなど海外の展覧会にも多く出展し注目されているメディアアーティスト・後藤映則との対談。第1回では、ふたりの原体験に基づくインスピレーションの受け方、作品の創造プロセスから、時間と空間の関係性について話を聞いた。対談第2回では、物事のルーツを深掘りすることが創造性にどう関与するのか、さらに今後進化を続けるテクノロジーといかに付き合っていくべきなのかを探る。
カンボジアの奥地で味わった強烈体験
松嶋啓介(以下、松嶋)作品づくりにはインスピレーションが重要ですが、それを得るために心がけていることは何かありますか。
後藤映則(以下、後藤)それが作品づくりにつながっているかは、正直よくわからないのですが、海外旅行によく出かけています。それもバックパックスタイルで、観光地ではないところに好んで行きます。レンタルバイクでラオスの奥地に入っていったら、テレビが一台しかない村に辿りつき、村人たちに歓迎されました。夜は信じられないぐらいの満点の星空の下、一台しかないテレビを輪になってみんなで見たのは、今でも強烈に覚えています。
カンボジアではたまたま乗ったタクシーの運転手と仲よくなり、今夜家でパーティがあるから来ないか、というので、電気も通っていない山奥まで連れて行かれたことがありました。家の中は真っ暗で、食事も酒も屋外で振る舞われたのですが、得体の知れない肉とかが出てきて(笑)。しばらくすると、奥にあった超巨大スピーカーから流れる音楽にあわせて、皆が踊り出す。僕はタンバリンが得意で、旅行にいつも持ち歩いているものですから、それを叩いたら大喜びです。そのうち、日本の音楽を聞きたいというので、僕のスマホをスピーカーにつなげて好きなJ-POPの曲を流すと、それに合わせて不思議そうに踊っていました。
松嶋すごい世界ですね。
後藤最初にバックパックで行った場所がインドだったのですが、それも衝撃的でした。ガンジス河に行ったら、岸辺で亡くなった人を焼いている。すぐ横で子供が水遊びをしており、そのまた隣で女の人が洗濯をしている。どうなっているんだろう、とそのときは驚きましたね。要はこれだけデジタルテクノロジーに溢れた日常だと、強烈で生々しいリアルな世界に惹かれるのです。
松嶋海外に行くといろいろな発見がありますよね。
後藤昨年、アメリカで展覧会があり、現地のアーティストと話をしていたら、そのうちのひとりから「これからメキシコに行って、その後スペインに行くから、お前も一緒に来ないか」と誘われました。日本は島国だから海外に行くときは多少なりとも心理的に構えてしまうものですが、彼らは日本人と違って国境という意識があまりないのかなと思いました。
松嶋それはありますね。僕はニースと東京に店があるものですから、フランスと東京を頻繁に往復しています。ただし、ニースは田舎なので日本との間で直行便がなく、乗り継ぎを余儀なくされます。その乗り継ぎ地を、僕は意識的に毎回変えているんです。乗り継ぎ地の空港で時間待ちをしているだけでも勉強になります。
後藤例えばどんなことでしょうか。
松嶋同じ国内でも、都市によって空港内で目にする広告が違います。あるいは、その空港から便が出ている都市を見て行くと、昔の植民地であったり、民族が同じだったり、交易がさかんであったり、いろんなつながりが確認できる。便名と目的地を記した電光掲示板を見ているだけで、いろんな発見があるんです。
後藤それは料理には役立つのでしょうか。
肝心なのは料理のレシピではなくルーツ
松嶋どうでしょうか(笑)。でも物事のルーツを知るのが大好きで、20歳でフランスに渡り、いくつかの料理店で修業させてもらったときも、片言のフランス語を駆使しながら、シェフたちに、料理のつくり方ではなく、なぜその料理が生まれたのか、生まれた背景にはどんな理由があるのか、などばかり聞いていました。あるものが形になるまでのルーツを探ることは人が創造的であるために、非常に重要なことだと思っています。つくり手の志がそこに秘められているからで、それにインスパイアされた人が次のつくり手になる可能性が非常に大きいからです。
後藤アート作品や自然から創作のヒントを得ることはありませんか。
松嶋ありますよ。美しい風景を目にすると、それをどうやったらお皿に表現できるだろうかとよく考えます。あと僕がやるのは、人を使って「よき偶然」を起こすこと。市場に買い出しに行くと、時々店の人が食材を適当に詰めてくれるんです。それを店の厨房で開けると、意外なもの同士が隣り合っていることがある。今まで一緒に使ったことがなかったけれど、組み合わせたら面白いかもしれない、と「これとこれをこんな感じで料理してみて」とスタッフに指示を出す。それがおいしかったら新しいメニューができ上がるわけです。
後藤偶然が呼び起こした一皿というわけですね。
イノベーションを創発する社員食堂
松嶋そんな具合に素材の意外な組み合わせが料理のイノベーションにつながるのですが、残念なことに、料理の見た目が第一で、味わうことをそっちのけにして写真を撮ることに真剣になっている人が今は多い。今は五感のなかで視覚の価値が異常に突出した時代ではないでしょうか。この対談だって、目隠しをしてやったらまったく別の話題で盛り上がるかもしれませんよ。
後藤その通りでしょうね。松嶋さんのお店では、料理の見た目はあまり重視されないのですか。
松嶋美しさの基準は人によって異なります。それを一律に決めることはかなり難しい。料理は自然体が一番ですよ。うちは厚化粧を絶対しない、スッピン美人の料理を目指しています。
ニース料理がもともとそうなんです。ニースは海と山しかない心が落ち着く場所で、昔から仕事や人生に疲れた人たちが安らぎを求めてやってくるリゾート地です。そのため、素材のおいしさをそのまま生かした料理が多い。僕はそういう“ニースという土地に仕えているだけの人間”だと思っているんです。
後藤どういうことでしょうか。
松嶋ニースの持つ雰囲気や文化、時間、伝承されてきたものを素材にし、僕というフィルターを通して出てきたもの、それがうちの料理だと。重要なのは、僕よりもニースなんです。シェフその人自体が目立っている芸術家タイプの方もいますが、僕はまったく逆のタイプなんです。
僕が今やりたいのは、個々のお客様の嗜好や体調に合わせたオーダーメイドレストランです。メニューはなくて、お客様が来たら、「今日は体調どうですか」とお聞きし、それに応じて、まず一品つくって差し上げる。
あとはイノベーションを触発するような食空間づくりもやりたいですね。会食などが良い例ですが、いろいろなアイデアや人との関係性は飲み食いの場からよく生まれます。だとしたら、会社の社員食堂をそういう場にしてしまえばいいのではないかと。メニューは毎日一種類だけで、皆が同じものを食べ、談論風発してもらうわけです。メンバーの選定と席順はAIに任せて。
時間の彫刻を旧石器時代の材料でつくる
後藤AIが発達すると、料理の世界にどんな影響があると思いますか。
松嶋僕がやっているような仕事の領域では大きな影響はないと思います。AIは情報処理のスピードを早くするためのツールなので、料理人の命である野生の勘や肌感覚までは代替できないと思います。AIが発達して社会に浸透すると、世の中がつまらなくなってしまう気がします。AIが教えてくれる、確率的に正しいことばかりやる人間が増えたら「あいつ、こんなバカなことやったんだって」という酒席での格好のネタがなくなる(笑)。
後藤さんは、AIに代表されるテクノロジーの発達をどう見ていますか。
後藤僕の作品の多くは、3Dプリンターをはじめ先進的なテクノロジーの恩恵を多く受けているのは確かですが、それがないと作品がつくれないわけではありません。逆に、デジタルテクノロジーを一切排除することで、今のテクノロジーを問い直すような作品もつくろうとしています。
松嶋どんな作品でしょうか。
後藤軽石と麻紐、木の枝といった自然素材を使ってつくったのがこれで、その間に太陽光を通すと、人の動きが浮かび上がります。
松嶋本当だ。
後藤フランスにショーヴェ洞窟壁画があります。今から3万年以上前の旧石器時代に描かれたものですが、そこには動物の動きがコマ送りのように連続して描かれているんです。つまり、その時代に既に人類はアニメーションの発想を手にしていた可能性がある。それにヒントを得て、3Dプリンターとナイロン素材の代わりに、当時存在しえた石と麻紐を使い、電灯ではなく太陽光を使って作品をつくろうと思ったんです。
松嶋アニマ(生命)を生み出す装置ですよね。もしその時代にこれがあったとしたら、どんな使われ方をしたんでしょう。
後藤現在のような映像テクノロジーとしての使われ方ではなく、恐らくシャーマンが祈りの道具として使ったのではないでしょうか。
松嶋これを持ってタイムマシンでその時代に行ったら、人々はどんな反応をするのか。考えただけでわくわくしますね。
- 松嶋啓介
- 「KEISUKE MATSUSHIMA」オーナーシェフ、実業家。20歳で渡仏。フランス各地で修業を重ねたのち、25歳でニースにレストランをオープン。3年後、外国人としては最年少でミシュラン一つ星を獲得する。現在はニースと東京・原宿に「KEISUKE MATSUSHIMA」を構えるほか、ニースでは「すしK」(2017年10月開業)など数店舗を手がける。2010年7月、フランス政府よりシェフとして初かつ最年少で「芸術文化勲章」を授与され、2016年12月には同政府より「農事功労章」を受勲。
- 後藤映則
- 1984年岐阜県生まれ。アーティスト。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。先端のテクノロジーと古くから存在する手法やメディアを組み合わせて、目に見えない繋がりや関係性を捉えた作品を展開中。代表作に時間の彫刻「toki-」シリーズ。近年の主な展覧会にSXSW ART PROGRAM(アメリカ・2017年)、Ars Electronica Festival(オーストリア・2017年)やTHE ドラえもん展 TOKYO(東京・2018年)など。国立メディア博物館(イギリス)にて自作がパブリックコレクションされている。