入山章栄 × 中村洋基人を動かすビジョン、
人の心をつかむデザインの条件
前代未聞のチャレンジを成功させた飛行家アルベルト・サントス=デュモン。未来を見据えるビジョナリストであった彼は、多くの人の心をつかみ、惹きつけた。彼の精神を受け継いだ「サントス ドゥ カルティエ」は、その大胆で革新的なデザインにより、1世紀を超えて今もなお愛され続けている。ビジョンとデザイン——さまざまな場面でこの重要性が叫ばれているいま、気鋭の経営学者、早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄と、クリエイティブラボ PARTYのファウンダー兼クリエイティブディレクターの中村洋基との対話から、言葉や意匠で人の心をつかむ方法を学ぶ。
人の心を動かすのは「名詞」より「動詞」
入山章栄(以下、入山)最近、斬新な広告コンテンツを目にするたび、「これも中村さんが手がけていたんだ!」と驚くことが多かったので、今日はお会いできるのを楽しみにしていました。
中村洋基(以下、中村)ありがとうございます。PARTYという会社には、デザイナーや、エンジニアを中心として、細かくスキルの異なるプロフェッショナルが30名ほど在籍しており、案件ごとに、最適なメンバーがタッグを組んで当たるというスタイルで動いています。
入山PARTYとはゲーム「ドラゴンクエスト」のパーティのように、「一緒に戦う同志」という意味なんですね。
中村はい。主要メンバーは4名。私を含め3名が大手広告会社にいた人たちで、国内外の広告賞を総舐めにしていた人たちです。みな年齢も近かったので、会社の垣根を超えて「一緒にやりたいね」と誰彼となく言い出し、それぞれの会社を同じ時期に辞めてPARTYをつくったんです。
入山PARTYはどんなビジョンを掲げられているのですか。
中村「未来の体験を社会にインストールする」ことです。未体験の驚きや新しい価値を皆さんに提供したい、という思いが込められています。
入山いいビジョンですね!今は変化が非常に激しい時代ですから、「自分たちはこうありたい」「こうしたい」というビジョンがしっかりしていないと、経営にぶれが出てきますし、優秀な人材も集まりません。これは経営学でも様々な理論で主張されていることです。
そしてこれは私の経験則ですが、そのビジョンには動詞が使われているほうが望ましい、と私は考えています。動詞のほうが人の心を啓蒙し、内発的なモチベーションを高めることができるはずです。たとえば、「よりよい会社」という名詞形のビジョンより、「人々をつなぐ」という動詞形のほうが魅力的でしょう。ちなみにこの後者のビジョンは、フェイスブックのものですね。そういう意味では、PARTYのビジョンも「社会にインストールする」という動詞になっている。
あと、日本ではサラリーマン社長の企業より、ソフトバンクやファーストリテイリング、日本電産といった、創業者がトップの企業や、スタートアップ企業、あるいは同族企業のほうが長期のビジョンで経営を考えています。ソフトバンクの孫正義さんなんか、300年先を見てのビジョンを持たれていますからね。一方、日本企業の課題は、そういう長期ビジョンを持っている企業でも、それが経営者の属人的なものになっている場合が多いんですよね。
中村欧米は違うんですか?
入山欧米企業は長期ビジョンを考える仕組みを属人的にせず、役員たちが話し合うことを仕組み化しています。デュポンの「100年委員会」とでも言うべきもの、それにシーメンスの「メガトレンド」、ネスレの「ニューリアリティ」などがその例です。いずれも経営陣が、専門家を交えて世界情勢を話し合い、50年から100年スパンで自社のあるべき姿を真剣に討議しています。正しい答えはわからないけれど、未来はおそらくこうなるだろうと予測し、うちにはこんなリソースがあるから、こういう方向感で長期にバリューを出していこう、というビジョンを決めるわけです。そこで決まった内容はもちろん社内に伝え、部下に徹底的に腹落ちさせたうえで、その実現に向かって一丸となる。私は、このビジョンの腹落ちが、日本企業の多くに圧倒的に足りない部分だと思っています。
AIはビジョンをつくり出せない
入山「AI」というワードが世の中では話題になっていますが、人の心を掴む企業のビジョンはAIで生み出せると思いますか?
中村最近、うちは広告制作だけではなく新規事業にも取り組んでいるので、クライアント含め、スタートアップ関連の情報が多く入ってきます。興味深いことに、そういうスタートアップの創業者というのが、人とのコミュニケーションが苦手だったり、人知れぬ悩みを抱えていたり、一癖も二癖もある人が多い。その人の「社会不適合性を解消する」ことの中で世の中に共感されうること、がビジョンでもあります。
入山それも立派なビジョンですね。
中村でも、これはその人の苦悩や生きづらさからひねり出される思いなので、AIではとても生み出すことができないでしょう。
入山私も同じ意見です。ビジョンとは「こうなりたい」という未来に対する夢や希望を述べたものです。そこには人の意志がなくてはならない。 AIが夢や希望をつくり得るかといえば、現時点では不可能でしょう。過去のデータを収集し、回帰分析で「こうであるに違いない」という仮説を導き出しているに過ぎないからです。その意味では、ビジョンを作り、語ることこそ、人間である経営者の大きな役割にいっそうなっていくはずです。
さらにいえば、ビジョンというのは中身以上に、「誰が言うのか」という問題が重要だと思います。同じ内容であっても、口にする人によって聞く側の腹落ち感が大きく変わります。欧米のグローバル企業のトップに何度か会ったことがありますが、どの人も社員にビジョンを浸透させるのが自らの第一の役割だと認識しており、神の言葉を述べ伝える宗教家のようなオーラを放っていました。この役割も機械には無理ですね。
こうしたビジョンというのは個々の仕事でクリエイティビティを高めていく上でも重要になりますね。PARTYでは仕事をどのように進めていますか。
会議中に新しいアイデアが生まれないワケ
中村その仕事にうまくはまりそうな人を集める、つまり「パーティを組む」のがまず重要で、その後は、関係者が集まるブレーンストーミングが大きな鍵を握ります。私を含めたクリエイティブディレクターがその場を仕切るのですが、メンバーに一任するのではなく、議論の方向性、つまりブレストのビジョンをあらかじめ描いておきます。細かい具体論はメンバーに任せ、活性化するための“おき火”を用意しておくのです。
入山そこは大切なポイントですね。多くの日本企業ではブレストが行われても、そもそもリーダーに確たるビジョンがないので、議論が明後日の方向にいってしまって収拾がつかなくなり、結局、時間が無駄になるというケースがよくあるようです。
中村そういうことを回避するTIPSとして、「重要ワードだけの議事録」を、リアルタイムでモニターに映し出すようにしています。その場でキーワードになるような言葉だけが、メンバーの目に入ってくると、心理的にそこに発想が戻っていくんです。議事録がディレクションになっています。
入山議論がそれていないか、すぐに確認できるわけですね。人間は言葉によって考え、言葉によって発想する生き物ですから、キーワードが視覚に入ると頭脳も活性化するはずです。一方で、会議が終わった後にすばらしいアイデアが浮かぶこともありませんか?
中村ありますね。会議の後で煙草を吸いに行ったり、トイレに立ったりすると、天啓のようにアイデアが閃くことがあります。
入山それは神経科学の視点からも言えることかもしれませんよ。何も考えず、注意も払わない、完全にリラックスした脳の状態を「デフォルト・モード・ネットワーク」といい、その状態が脳のシナプスが最もつながりやすいと言われています。世界的なデザインコンサルティング会社、IDEOの創業者であるトム・ケリーから聞いたのですが、彼の場合、脳が最も活性化するのはシャワーを浴びているときだそうで、次々にあふれ出るアイデアを忘れないため、防水仕様のポストイットとペンをシャワールームに常備しているそうです。
- 入山章栄
- 早稲田大学ビジネススクール准教授。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーに就任。2013年から現職。
- 中村洋基
- PARTY クリエイティブディレクター、電通デジタル顧問、VALU取締役。電通で多くのWebキャンペーンを手がけた後、2011年、4人のメンバーとともにPARTYを設立。国内外250以上の広告賞の受賞歴がある。最近の代表作に、個人の価値を売買できるSNS「VALU」Eテレ「バビブベボディ」「マッハバイト」など。TOKYO FM「澤本・権八のすぐに終わりますから。」パーソナリティ。