松嶋啓介 × 後藤映則インスピレーションは「時間」と「空間」の
交差点から得られる

Santos Man Special Intaview #6

「サントス ドゥ カルティエ」が生まれた理由。それは20世紀初頭、まだ懐中時計が主流だった時代に遡る。飛行家アルベルト・サントス=デュモンの「飛行中に時間を確認できる時計がほしい」との要望から、ルイ・カルティエがインスパイアを受け、世界初の実用腕時計として完成した。
そして、テクノロジーが進歩し、アイディアを形にするプロセスが容易になった現代。いずれも世界を舞台に活躍する、料理家・松嶋啓介とメディアアーティスト・後藤映則との対話から、インスピレーションをいかにして現実に落とし込んでいくか、進化がめまぐるしいテクノロジーといかに付き合っていくか、その術を学ぶ。

時間を可視化する

後藤映則(以下、後藤)最初にネットでお写真を拝見したら、怖そうな方だと(笑)。でもネットの文章を読んだら、そんな印象は消え去り、熱い思いをもった情熱的な方なのだろうと思うようになりました。

松嶋啓介(以下、松嶋)よく言われるのですが、まったく怖くないですよ(笑)。僕も後藤さんの作品をいくつか見せてもらいました。こんなユニークな作品をつくられるんだ、なるほどなあと。

後藤今日もひとつ持ってきたんです。これは3Dプリンターでつくったものなんですが、人が落ちて行く「時間」が閉じ込められていて、光を中に通すとそこから動きが2次元で出現します。時間は目に見えませんが、見えるようにして実体化できないだろうかと思ったんです。この中には時間が詰まっている。つまり、時間の彫刻のようなものです。

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松嶋もともと、どんな発想で作品をつくっているんですか。

後藤僕は武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科を出ているのですが、なかなか自分が表現したいもの、つくりたいものがカタチにできず、悶々としてました。なにか焦りのようなものを感じていましたね……。そこで学科などを飛び越えて純粋に何が好きかを考えたところ、僕は動かないものより、映像でも虫でも、動いているもののほうが好きだと気付きました。
そのうち、何かが動くというのはどういうことだろう、という哲学的な問いを突き詰めて考えるようになりました。でも、そんな問いに対する答えは正面から目を見開いて考えていても見えてくるはずがありません。そこで、横や斜めから、かつ薄目で見るように考えていたら、キーワードは時間だと閃いたんです。時間が流れることは、すなわち「動き」につながってくると。

松嶋その通りですね。

一皿をつくるために時間を遡行する

後藤動きと時間の関係なんて昔から研究されるし、当たり前のことなのですが、人から教えられたわけではなく、ある日突然、体系的にわかった気がしてかなり感動しましたね。それで、お見せしたような作品をつくるようになったんです。動きをコマに分解して再構築し、その間に光を通すと、そのコマとコマの間に動きが浮かび上がる。

松嶋アニメの原理ですね。

後藤はい。光を斜めにあてると映像がゆがみ、複数の光をあてるとパラレルな時間が浮かび上がります。

松嶋これまた面白いことを考えましたね。

後藤ありがとうございます。ところで松嶋さんは、小さな頃から料理人になりたかったんですか?

松嶋僕の原点はコロンブスなんですよ。小学5年生のとき、新大陸を発見したコロンブスの伝記を読んで感動し、大海原に憧れました。彼のようになりたいとつぶやいたら、母が「フランス料理の料理人になったらいいんじゃない?」と言ったんです。僕も「そうだ」と。誰よりも最初に卵を立てる人になりたい。誰もなし遂げていないことに挑戦して成功させたい。僕の中には今もコロンブスが生きています。

後藤料理はシェフにとっての作品ですよね。新しい料理を考案するときはどんなことを考えるんですか。

松嶋今回「サントス ドゥ カルティエ」のイベントに提供する料理を一品つくりました。それを例にお話しすると、まず1900年頃の初冬のパリの様子はどんな風だったのだろう、と頭を巡らせました。それから、当時のパリにおけるブラジル人の立ち位置についても考えました。「サントス ドゥ カルティエ」は、1904年、飛行機乗りであり発明家でもあったブラジル人の友人、アルベルト・サントス=デュモンの依頼によってルイ・カルティエがつくった腕時計だからです。フランス人にとって、ブラジル人は異国の人。日本からフランスに渡り、料理の修業をしていた当時の僕のような存在だったかもしれない、と思いました。
当時のフランス人にとってのブラジルのイメージについても調べたら、フランスは美味しいフルーツをブラジルからたくさん輸入していたこともわかりました。そういった知識やイメージをもとに、一品、つくらせてもらいました。

後藤たった一皿をつくるために、歴史を遡り、時間を掘り下げて考えるわけですね。

交差点にあるのは「前進する共同体」

松嶋はい。それが僕のやり方ですが、そもそもフランスの教育がそうなんです。僕はニースに住んでいて、娘を現地のピアノ教室に通わせているのですが、日本と違って、先生は演奏技術を教えません。「この曲の作曲者は当時、こんなに苦しい目に遭っていました。この曲をつくることでその苦悩から抜け出そうとしていたんですから、そんな気持ちで弾きなさい」と。こんな感じなんです。

後藤へえ。ピアノの演奏もそこまで掘り下げるんですね。僕も好奇心が強く、ついつい掘り下げてしまいます。

松嶋あと大切にしているのは「間(ま)」ですね。特に、時間、空間、人間の三つの間を大切にしています。日々、その三つからインスパイアされ、何かをつくり出している気がします。

後藤考えてみれば、いま僕は、初対面の松嶋さんという人間と出会い、こうやって、空間と時間を共有している。実はとてもすごいことかもしれないですね。
人と人が出会う場所、という言葉から僕が思いつくのは、街中にある交差点です。交差点では、赤の他人同士、様々な個人の時間が重なり合いながら、それぞれが常に動いている。そこには直接的なコミュニケーションはありませんが、無意識的に交わり合うのが面白いな、と思って作品にしたことがあります。
僕が住んでいる家の近くの交差点で歩いている人を撮影して、作品に取り込みました。先ほどと同じように3Dプリンターを使ってつくったものを回転させながら光をあてると、12人の歩く姿が浮かび上がります。まったく関係ない他人同士だけど、同じ時間を共有している。しかも、それぞれ何か目的があって、どこかに向かっている。いわば「前進する共同体」が見えてきたわけです。

松嶋それもぜひ見てみたいですね。

会話の弾む料理をどう出すか

後藤松嶋さんはお店をいくつも経営される経営者でもあるわけですが、よい空間をつくるために何を心がけているんですか。

松嶋お客様が「ここは居心地いいな」と思ってくださることですね。空間づくりというより、雰囲気づくりといったほうがいいかもしれない。そのために一番大切にしているのは、会話が弾む料理を出すこと。その場合の会話とは、お客様同士で交わされる会話、お客様と給仕するスタッフとの会話、どちらも含みます。給仕スタッフによる料理の説明次第で、会話を弾ませることもできるので。

後藤どんな風にでしょう。

松嶋ニースの店でブイヤベースを出すことがあります。魚介類を野菜とともに煮込んだフランス風の寄せ鍋ですが、うちではそこに和だしを入れている。これを日本人のお客様には「煮こごりです」と言って出します。大抵のお客様は「フレンチの店で、なぜ煮こごり?」と思いますから、そこから給仕係との間で会話が生まれ、その場がリラックスするわけです。そうしたら、料理もよりおいしくなるはずです。
一方、フランス人のお客様には「ジャパニーズ、ブイヤベース」と伝える。フランス人は議論好き、詮索好きですから、「何だ、それは!?」と会話が生まれるわけです。そうやって、お客様の心を喚起させる言葉の使い方をいつも心がけており、スタッフにもそれを徹底させています。

後藤僕も喚起は大切だと思っているのですが、僕の作品でいえば、悪い意味での喚起でもいいのではないかと思っています。過度につくり込んでしまい、完成度ばかり目指して仕上げてしまうと、誰にも興味関心を示されない、不幸な作品になりがちです。一見すると、ノイズやエラーを含む作品のほうが、耳に痛い意見でも、何かしらの反応があるものです。無風がいちばん良くないと思っていて、それが思わぬヒントになって、まったく別の作品に結びつくことはよくありますね。

Profile

松嶋啓介
「KEISUKE MATSUSHIMA」オーナーシェフ、実業家。20歳で渡仏。フランス各地で修業を重ねたのち、25歳でニースにレストランをオープン。3年後、外国人としては最年少でミシュラン一つ星を獲得する。現在はニースと東京・原宿に「KEISUKE MATSUSHIMA」を構えるほか、ニースでは「すしK」(2017年10月開業)など数店舗を手がける。2010年7月、フランス政府よりシェフとして初かつ最年少で「芸術文化勲章」を授与され、2016年12月には同政府より「農事功労章」を受勲。
後藤映則
1984年岐阜県生まれ。アーティスト。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。先端のテクノロジーと古くから存在する手法やメディアを組み合わせて、目に見えない繋がりや関係性を捉えた作品を展開中。代表作に時間の彫刻「toki-」シリーズ。近年の主な展覧会にSXSW ART PROGRAM(アメリカ・2017年)、Ars Electronica Festival(オーストリア・2017年)やTHE ドラえもん展 TOKYO(東京・2018年)など。国立メディア博物館(イギリス)にて自作がパブリックコレクションされている。