5月10日に東京・六本木にて開催された「サントス ドゥ カルティエ」の新作発表を祝したイベント。「サントス ドゥ カルティエ」は、ブラジル人飛行家であるアルベルト・サントス=デュモンとルイ・カルティエ、情熱を持った二人の友情から誕生した世界初の男性用実用的腕時計である。イベントでは、彼らのパイオニアスピリットと革新性を受け継ぐ、現代のイノベーターがそれぞれ独創的な作品を提供。AI DJとともにターンテーブルを繰る徳井直生が、そして最新のDJ/VJ作品を披露したライゾマティクスリサーチの真鍋大度と堀井哲史が、カッティングエッジにイベントを盛り上げる。プレイ直後の彼らに話を聞いた。
DJブースに立つ徳井直生の横では、AI DJが白いアクリル板でできた頭を揺らしていた。AI DJは徳井がプレイする曲を分析し、自らピッチ合わせまで行うロボットだ。スクリーンには膨大なレコードボックスに収められたたくさんのレコードの中から楽曲を選ぶAI DJの思考がグラフィカルかつリアルタイムで表現され、ときに予想外の選曲に翻弄されながらも、AIとの共創による新たなアイデアが生まれる瞬間をパフォーマンスとして表現する。
そんな徳井とともに数年前からイベント「2045」を開催し、音楽とテクノロジーの未来を、実践を通じて考える試みを続けているのがライゾマティクスリサーチの真鍋大度。彼は徳井をこう評する。
「徳井くんは、人工知能やニューラルネットワークということをすごく早くからやってきた人です。人工知能と言ってしまうと指し示すものはものすごく広がるので、AI DJというネーミングはハイプすぎるかもしれませんが、その看板に耐えうる理論と実装をしっかりやっている。そういう人は実はけっこう少なくて、いま一番人気のあるレッドオーシャンの中できちんとプロジェクトを継続してきているところがすごい」
真鍋の言葉を受けて、徳井はいう。
「僕自身もAI DJという名前については悩むところがありました。この名前だけを見ると、DJをAI化して完全に自動化しようとしているように捉えられがちなんです。実際に僕がやりたいことは、普段自分がしているDJプレイをAIとして外部化することで、DJの本質や音楽と人間の関係性をより深く理解するということ。このAI DJの存在によって人間のDJの発想がより広がるということを、お客さんが見ている前でリアルタイムでやる。このしびれる状況のなかで、単に僕とAI DJがぴったりと息のあうプレイをするような“正解を求める”ことではなく、正解からいかに賢く逸脱できるかということをやっていきたいんです」
アルベルト・サントス=デュモンの「飛行機の操縦桿から手を離せないときにも時刻を確認したい」という訴えに、ルイ・カルティエは時計を腕に巻けるようにすれば、と着想した。このエピソードは、常識を超えた発想がイノベーションを生み出した象徴的な例だ。
そして、「予想外のAI DJに翻弄されることばかりです」と笑う徳井とAI DJの関係もまた、ルイ・カルティエと、彼のクリエイティビティを刺激したサントス=デュモンの関係性を彷彿とさせる。また徳井を「ちゃんと取り組んでいる数少ない人」と評する真鍋。2人の尊敬をベースにした友情もまた、ルイ・カルティエとサントス=デュモンを想起させるものだった。
さて、イベントでは、徳井とAI DJのプレイに続いて、ライゾマティクスリサーチ真鍋大度と堀井哲史が作品を披露。2018年4月に開催されたSonar Istanbul 2018でもパフォーマンスした「phaenomena」は、様々な小さな現象の中に生まれるリズムやモーションを増幅、編集することによって作り出したオーディオビジュアルパフォーマンスだ。VJとしてプログラミングを担当した堀井が語る。
「この会場の色調やスクリーンの環境にあわせ、アップデートを施した最新のバージョンを今回はお見せしました。映像を作る部分でいうと、(真鍋)大度さんが作る音のシーケンスがあって、その一音一音すべてに対し、映像が反応するようにしています。一般的に、拍のアタマとか目立つ音だけに反応するように作るのですが、この作品では大度さんが作るものすごい打ち込み量の音楽に対して、しっかり映像の変化が出るようにレンダリングエンジンを改良しながら作り込んでいきました。とても時間がかかる作業でしたが、すべての音に反応できるようにルールをどんどん積み重ねていくことでだんだんテーマが見えてきて、そこからはじめに戻り、また組み替えて、という繰り返しの作業を重ねました」
「音楽は真鍋くんが作ったの?」との徳井の問いに、真鍋が答える。
「全部自作。既存の楽曲をDJがプレイして、それに映像をあわせるVJという形だとざっくりとした作り方しかできないけれど、このプロジェクトではそれをもっと細かく作りたいというのがベースにあって。堀井くんが作りそうな映像のために曲を作っているというところもありますね。徳井くんとのイベントでもそうだけど、お互いの専門領域がわかっているのでゴールを設定したらあとは本番まで特に詰めないというやり方でした」
「ある程度昔から知っているからできることかもしれないね」と徳井は応じ、続ける。「ふたりは学生のときからの付き合いで、もう16年以上? 阿吽の呼吸で羨ましいなと感じることがある。でも、いま面白いことをやっている人でひとりだけ、っていう人は珍しいですよね。なにかしらチームでやっている」
徳井の言葉に、そろそろ一人でできるかなと思うことがある、と真鍋は応じる。AIでもツールが今後発展していくにつれ、ソフトウェアの充実でひとりでできることは増えていくかもしれない、と。その一方でダンスや楽器を演奏するところなど、音楽を中心に考えたときに、技術と人間の関わりには変わらない部分もあるだろうと未来を想像する。
デジタルとアナログの境界線は今後どのように変化し、テクノロジーと人間の創造力との共存はどう進んでいくのだろうか。この日、彼らのパフォーマンスを体験したオーディエンスたちの興奮が、人と人の出会いを刺激し、新たなインスピレーションを生み出す。そして、徳井、真鍋、堀井たちの上気した顔もまた、オーディエンスたちから得た確かな手応えを感じさせるものだった。
- 徳井直生
Nao Tokui(Qosmo) - メディア・アーティスト/DJ。株式会社Qosmo代表取締役。Computational Creativity、新しい「つくる」を創るをモットーに、AIと人の共生による創造性の拡張に取り組む。近作にAIを用いたブライアン・イーノのミュージックビデオの制作やAI DJプロジェクトなど。東京大学工学系研究科博士課程修了。工学博士。
- 真鍋大度
Daito Manabe (Rhizomatiks Research) - 東京を拠点としたメディアアーティスト、インタラクションデザイナー、プログラマ、DJ。2006年Rhizomatiks 設立、2015年よりRhizomatiksの中でもR&D的要素の強いプロジェクトを行うRhizomatiks Researchを石橋素氏と共同主宰。慶応大学SFC特別招聘教授。身近な現象や素材を異なる目線で捉え直し、組み合わせることで作品を制作する。
- 堀井哲史
Satoshi Horii (Rhizomatiks Research) - ビジュアルアーティスト/プログラマ。既存ソフトウェアやツールに頼らない動的な絵作りを着想からプログラミングまで一貫して行い、インタラクティブ作品、映像制作を様々なフィールドで展開。プログラミング/デザインを担当した『Perfume Global Site Project』は 第16回文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門大賞、カンヌ国際広告祭等多数受賞。