ドミニク・チェン × 渡邉康太郎 × 水口哲也時代を超えて愛される
クリエイティビティの条件

Santos Man Special Intaview #2

世界初の実用的な腕時計として知られる「サントス ドゥ カルティエ」。飛行家であるアルベルト・サントス=デュモンと3代目当主ルイ・カルティエの出会いによって生まれたその時計は、誕生から110年以上経った今も、愛され続けている。時代を超えて人々に感動と共感を与えるためには何が必要なのか。伝説の飛行家のクリエイティビティを現代に受け継ぐ3人の「サントスマン」たちが、談論風発を繰り広げた。

偉大な作品には余白がある

優れたクリエイティビティを持つ作品は多くありますが、長く残るものもあれば、感動がすぐに薄れてしまうものもあります。その違いはどこにあるのでしょうか。

ドミニク・チェン(以下、ドミニク)今日、感動を生み出す仕組みはある程度メソッド化されてきていますが、歴史に残るような作品をつくるのは難しい。肝心なのは、「好奇心」に強く訴えることができるか。時代の風雪に耐える作品を生み出せる人は、作り手である以前に、旺盛な好奇心を持ち、それを自分の中で常に醸成し続けながらも他者に伝播できる人だと思います。

水口哲也(以下、水口)偉大な作品には必ず余白があります。余白とは、作品を起点に議論が生まれたり、人によって感じ方が違ったりすること。どこから見ても完璧でつけ入る隙がない作品は、一時は評価されても、時間が経つにつれ飽きられてしまうものです。

渡邉康太郎(以下、渡邉)良い映画は観たもの全員を語り部にしてしまうものです。それは語って埋めたくなるような余白があるからなのでしょう。

ドミニクそういう人たちは映画を見て感動し、何かを学び取り、学んだ喜びを語っているわけです。そこにはつくり手さえ意識しなかった指摘や発見があるはずです。

次の行動を誘発するクリエイティブの力

水口人間の本能レベルの共感、共鳴を誘うような作品は長く残るでしょうね。私もそういう作品づくりを心がけています。私の場合、自分が体験し、感動したことのエッセンスを抽出するところから作品づくりがスタートします。とてつもなく大変ですが、楽しいプロセスです。

ドミニク実は子供の頃、水口さんがつくったバーチャルレーシングゲーム「セガラリー」にはまっていたんです。しかも、そのおかげで車が大好きになり、今もよく乗り回しています。

水口それは光栄ですね。あのゲームをつくるために車を2台壊したことを思い出しました(笑)。

渡邉ゲームというバーチャルな体験がきっかけで、車というリアルなものが好きになったのは面白いですね。接した人が次の行動を起こしたくなるような作品も、同様に偉大といえるのではないでしょうか。私はあるクライアントからの依頼で、冬限定のギフト商品として、布製のコサージュ(花飾り)ギフトを制作したことがあります。コサージュを花束に見立てて包み込むラッピングペーパーに、贈る人への短いメッセージが書き込める余白をつくりました。やはり手にした人が次の行動を起こすきっかけになったらいいな、と考えたんです。結果、恋人へプロポーズの言葉を書いて贈った人が全国に何人かいたという噂を聞いて、とても嬉しかったですね。

ドミニクまさに余白が人を動かしたわけですね。私も悩みや後悔を匿名で打ち明けると、これまた匿名の誰かから励ましのメッセージがもらえるサイトをつくりました。同じ構図ですね。

クリエイティビティが刺激されるとき

新しいアイデアを生み出すために、どのようなことをされていますか。

ドミニク私の場合、何もしない時間をつくっています。特にハードな仕事や移動の後は、メールもSNSも切り、電話も出ずに情報を遮断する。すると、眠っていたアイデアや着想が発酵し、思いがけない形で浮かんできます。それは自分ではコントロールできないプロセスです。

水口作品も時間をおき、発酵させると、よりいいものに仕上がります。私は時々音楽のプロデュースを手掛けるのですが、完成した作品を外国で聞くとまるで印象が異なることがあります。たとえば、日本では完璧だと思えたのに、アメリカで聞くと力強さが足りないと感じてしまう。聞く場所の気候、風土、文化などいろいろなものが関係しているのだと思いますが、各地で得た様々な印象を総合し、チューニングを加える作業を最後に必ず行っています。

渡邉僕の場合、車や電車での移動中やキッチンで皿を洗っているときにアイデアが湧いてくることがあります。何かを見たり、触ったり、匂いをかいだりして、感覚器をオンにしていると無意識が散歩を始めるのだと解釈しています。

水口私にとっては移動手段も重要です。以前、ロサンゼルスからラスベガスまで、車を借りて砂漠の中を突っ切って行ったことがあったのですが、そのときは色々なアイデアが浮かんできました。飛行機もいいですね。飛行音だけが響く中、照明がぽっと当たっている。その中で考えごとをするとゾーンに入り、どんどんはかどります。幸せな気分になり、そのまま乗り続けていたいと思うくらいです。

ドミニク私は歩きながらでないと電話で話せないのですが(笑)、思考が創発することと身体が動くこととは関係しているのだと思います。

人との出会いによって、クリエイティビティは高まるのでしょうか。

渡邉私の心の師匠に竹村真一さんという文化人類学者がいます。学生時代、竹村さんは世界70カ国を旅したそうで、インドネシアの人口20人ほどの小集落を訪ねたときのこと。サッカーのワールドカップの真っ最中で、村にひとつしかないテレビの前で全員が試合中継に見入っていたところ、アルゼンチンのマラドーナが5人抜きでゴールを決めた。その瞬間全員が総立ちし、お祭り騒ぎになったそうです。言葉の通じない異文化の人間同士でも感動を分かち合える。竹村さんは後のインターネットの黎明期、「これで同じことが再現できる。60億人をつなぐ地球大の“神経系”になるはずだ」と確信したそうです。地球大の神経系という壮大な発想には頭を殴られた感じがしました。この話を聞いたときの衝撃はまだ私の中にあります。

水口私は2018年4月、仲間とともに渋谷にEDGEof(エッジ・オブ)というコミュニティをつくりました。創業者含め、スタッフはいろいろな国の人たちで構成され年齢も若い。彼らからすごく刺激を受けており、すでに私のメンター的存在になっている若者もいます。人間には情報をキャッチする周波数があって、若い人の周波数は年配の人より高いと感じます。

ドミニク私は去年から大学で教え始めたのですが、若い人たちと一緒の時間を過ごすことはとても貴重ですね。同じものに接しても、こんな発想をするんだ、という新鮮な驚きを感じることが多々あります。異質な他者と接することは、クリエイティビティを高めるために欠かせないことだと思います。

Profile

ドミニク・チェン
早稲田大学文学学術院表象メディア論系准教授。NPOコモンスフィア理事。ディヴィデュアル共同創業者。著書に『電脳のレリギオ』(NTT出版)『謎床: 思考が発酵する編集術』(晶文社、共著)など。
渡邉康太郎
コンテクストデザイナー、Takramマネージングパートナー。代表作にISSEY MIYAKEの手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」他、国内外での展示など多数。著書に『ストーリー・ウィーヴィング』(ダイヤモンド社)など。
水口哲也
メディアクリエイター。Enhance代表、EDGEof共同創業者。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授。2016年にリリースしたVRゲーム「Rez Infinite」は米国The Game AwardsでベストVR賞を受賞。