5月に東京・六本木にて開催された「サントス ドゥ カルティエ」の新作発表を祝したイベント。「サントス ドゥ カルティエ」は、ブラジル人飛行家であるアルベルト・サントス=デュモンとルイ・カルティエ、情熱を持った二人の友情から誕生した世界初の男性用実用的腕時計である。イベントでは、彼らのパイオニアスピリットと革新性を受け継ぐ、現代のイノベーターがそれぞれ独創的な作品を提供。なかでも、希少な新政酒造の日本酒とMinimal -Bean to Bar Chocolate-のチョコレートのペアリングが供されたカウンターには多くのゲストが集まり、日本酒とチョコレートを口に運んでは目を見張り、新しい食体験を堪能。新政代表の佐藤祐輔とMinimalの山下貴嗣が、このコラボレーションを振り返る。
日本酒とチョコレートという異色のペアリングを提供するカウンターのかたわらで語り合う佐藤と山下。彼らを見たゲストの一人は「まるで現代のアルベルト・サントス=デュモンとルイ・カルティエを見ているようだ」と感じたという。日本酒業界において革命児と評される佐藤と、カカオ豆の仕入れから製造まで一貫して行うBean to Barと呼ばれるスタイルのチョコレートづくりで、2014年の起業からわずか3年にして人気ブランドとしての地位を確立した山下。時代を切り開くイノベーターによる今回のコラボレーションが形になるまでの道のりは、実は一筋縄ではなかった。
佐藤は、秋田にある新政酒造と東京にあるMinimalでサンプルを送りあい、ペアリングの方向性を探ったときのことを語る。
「杜氏や製造部長、社員総出で試食をさせていただきました。Minimalのチョコレートはカカオ豆という素材の味が他のチョコレートにはないレベルでしっかりと出ており、“これこそがチョコレートなのだな”と知りました。素晴らしい味わいなのですが、酒単体で飲むことを考え完成度を追求してきた新政の日本酒と合わせようとすると難しさもありました。合わないということではないんですが、ペアリングしたときの味の膨らみや感動といったもの、1+1が3以上になるような効果が出せなかった。いままでチョコレートとコラボレーションをしたときには、可もなく不可もなく、なんとなく合ってしまうところがありましたが、Minimalのチョコレートは強烈なNOを突きつけてくるようで、それはひとつの感動ですらありました」
佐藤がMinimalのチョコレートに圧倒されていたとき、山下も同じ感覚に襲われていたという。
「普通、ペアリングをするときには僕らが調整することが多かったんです。お酒や、合わせる相手があって、それに対してちょうどいい強度のチョコレートをあわせるという形です。ところが新政の日本酒には、自分たちがどのように調整すべきかイメージがわかなかった。料理と合わせて成り立つお酒ではなく、これ一杯で完成されているお酒だと感じたからです。香りがあり、複雑さがありながらも、スッキリと飲むことができる。今まで飲んできた日本酒とは全くの別物でしたね。そこにはつくり手の美意識がはっきりとあらわれていて、余計なものをあわせてはいけないのではないかと考えてしまうほどでした」
優れたクリエイターだからこそ感じあった、お互いのものづくりのこだわりと、つくり出すものの完成度の高さ。両者が「ただ日本酒とチョコレートを並べて合わせてもうまくいかない」と考えたところで白羽の矢が立ったのが、新政の日本酒とMinimalのチョコレートを知る、恵比寿「GEM by moto」の店主・千葉麻理絵だった。山下は語る。
「千葉さんは、新政の日本酒をお茶で抽出したり、お燗をして常温熟成のお酒のうまみを増強したりと、お酒側にフックをつくることで、新政の日本酒が持つ要素とMinimalのチョコレートが持っている要素をうまく繋げてくれました。これは誰でもできることではなく、清酒官能評価者の資格を持つ千葉さんだからできたこと。ですから、今回は3種類のペアリングを提案しましたが、それぞれお酒の名前とチョコレートの名前を明記して、それぞれのペアリングについて、どのように合わせているのかを説明する台紙に載せて提供することにしました」
その台紙をじっくりと読み込むゲストもいれば、日本酒の酸味や甘みと、素材の特徴を表現したチョコレートの個性を口の中でひたすら楽しむゲストもいたという。そんなゲストたちの様子を、山下が「イベントにいらしていた方の感度が高かったこともあり、説明を読まなくても表情から驚きを感じていることや楽しんでくださっている様子が伝わってきて、手応えを感じました」と語れば、佐藤もまた「今回のペアリングで提供した日本酒は新政のラインアップのなかでも個性の強いものだったのですが、あまり日本酒を飲んだことがないんですというゲストの方にも、しっかり味わいながら飲んでいただけているのを見て、もっと攻めてもいいのかなと勉強になりました」と話す。
そんな、コラボレーションから得られるものについて、佐藤は語った。
「サントス=デュモンとルイ・カルティエの友情から世界初の男性用実用的腕時計が生まれたというストーリーから感じたことは、ルイ・カルティエはきっと“サントス=デュモンには最高のものを用意しないといけない”と考えたんじゃないかなということでした。いつも自分がやっていることからはかけ離れた、これとこれって行けるのか? ということをやっていくのは面白みがある。当初チョコレートとうまく合わせることができなかった新政のレギュラーのタイプには、日本酒を単体でしっかり楽しんでもらうという役割があって、Minimalのチョコレートにもそんな明確な立場がある。それはそれで良くて、でも今回のコラボレーションのように自分たちがつくるものの中にあるやんちゃな個性が他者と融合できるという体験ができたことは面白かったですね」
佐藤の言葉をうけて、山下が続ける。
「サントス=デュモンがあの当時に空を飛ぼうと思うところからは、常識に囚われない発想力を感じますし、空で食事するシミュレーションとして高い椅子をつくってみたりするとか、そんな人はなかなかいない。ただ、そんなサントス=デュモンの常識はずれのリクエストに応えようとルイ・カルティエが美意識を込めて時計をつくったから、100年以上受け継がれるような強度のあるデザインができたと思うんです。今回の企画の当初、新政さんの日本酒の素敵な香りに現時点でついていけるチョコレートがありませんでしたが、Minimalにとっては素晴らしい学びだったと捉えています。実はもう、新政をイメージしてあわせるチョコレートに使うカカオ豆のサンプルを集めていますし、そういう豆はつくれないのかなとも考えています。そんなことを考える刺激になった、貴重な機会でしたね」
佐藤と山下のものづくりには、共通項が多い。日本酒が乳酸菌による発酵からつくられること、チョコレートつくりにおいてもカカオ豆を発酵させることで味がつくられること。佐藤が日本酒の原料である米づくりに取り組んでいることや、山下がカカオの産地に足を運んで異なる土地から生まれる作物の個性に触れていること。お互いのインスピレーションが刺激されていることを示すように、ふたりの話は尽きることなく、いつまでも続いた。
- 佐藤祐輔
Yusuke Sato(ARAMASA) - 1974年生まれ、新政酒造代表取締役。東京大学文学部を卒業後フリーランスのジャーナリストとして活動。31歳のときに日本酒に傾倒し、酒類総合研究所で酒造りを本格的に学び、2007年に新政酒造に入社。2012年には同社代表取締役に就任。秋田の素材のみを用いた日本酒作り、自社田の運営、日本酒による地域づくりなど精力的な取り組みを続けている。
- 山下貴嗣
Takatsugu Yamashita (Minimal) - 1984年生まれ。Minimal -Bean to Bar Chocolate- 代表。慶應義塾大学を卒業後、リンクアンドモチベーション入社。数多くのコンサルティング業務に従事し、新規事業立ち上げにも参画。カカオ豆からチョコレートを製造するというBean to Bar文化に触れたことを機に独立、2014年にチョコレートブランド「ミニマル」を設立。