岡田光信 × 南谷真鈴人生一度きりの挑戦に
「挫折」は存在しない
45歳で未開の地・宇宙での挑戦を続ける、アストロスケールの岡田光信。一方、21歳という若さで七大陸最高峰・北極点・南極点到達を成し遂げた、南谷真鈴。世代も、活動のフィールドも異なる2名が描く「未来予想図」とは?
家族への反発心で強くなった
岡田光信(以下、岡田)探検家グランドスラムを成し遂げるにあたって、一番苦労したことはどんなことですか。
南谷真鈴(以下、南谷)高山に登るためのトレーニングも、そのための資金調達も、そんなに大きな苦労ではありませんでした。私の夢をかなえるために必要不可欠なステップだと思えたからです。それよりも心が折れそうになったのが、家族、特に父とのすれ違いでした。
七大陸最高峰の最初、南米のアコンカグアに登ったのが2015年1月のことで、その約2カ月後の同年3月、八ヶ岳連峰の一つ、阿弥陀岳に登ったときのことです。雪の尾根を歩いていたら足を踏み誤り、滑落してしまったのです。幸い怪我もなく命は助かったのですが、一晩、雪山でのビバーク(※1)を余儀なくされました。翌朝、ヘリコプターが発見してくれ、事なきを得たのですが、娘がそんな風にして死にそうな目に遭い、そのことも伝えたのに、父が会いに来てくれなかった。それはものすごく悲しかったし、辛かった。そのおかげで反発心を覚え、「よし、自分ひとりの力で必ずエベレストに登ってやろう」と思うようになったのですが。
※1:登山中、緊急避難のため野外で一泊を過ごすこと
岡田すごいお父さんですね。
南谷私のことを全面的に信頼してくれていて、「俺の娘なら大丈夫だ」という自信過剰なところがあるんだと思います。17歳のとき、エベレストに行きたいと打ち明けても、「やりたいならやればいい。でも資金の援助はしないから自分の力でやりなさい」と言われました。
岡田そんな風に育てられた南谷さんにとって同世代の大学生というのは幼く物足りなく見えるときもあるのでしょうか。
南谷そんなことありませんよ。勉強、アルバイト、サークル活動、自分なりの夢をかなえようと、一生懸命に取り組んでいる人がたくさんいて、私はリスペクトしています。
月と地球の間を銀河鉄道が結ぶ
岡田大学を出たらどこかに就職することも考えているのでしょうか。例えばうちの会社とか(笑)。
南谷いいですね。どうせなら、宇宙ごみをつかまえる仕事をやってみたい!
岡田大歓迎です(笑)。真面目な話、人間を人工衛星に詰め込んで宇宙に飛ばし、自分の目と手を使って、宇宙ごみをつかんで除去してもらうのが一番効率がいいんです。ただそれをやると、酸素供給の問題はじめ、膨大な費用がかかるからやらないだけなんです。
南谷手でつかまえられるくらいなんですか。
岡田正確にいうと、10㎝くらいの塊が秒速8㎞という速度で飛んでいます。そんなに速くても、ごみをつかまえる捕獲衛星の速度を速くすれば、相対速度をゼロにできるので問題はありません。大きいごみになると10m規模のものもあって、そういう大きいものから順番に回収していくのが理想です。
南谷すごい世界ですね。そうした宇宙ごみの除去を通じて、どんな未来を思い描いているのですか。
岡田僕が思い描いている未来は、「銀河鉄道999」の世界です。その世界を実現したく、その作者であり「宇宙戦艦ヤマト」なども手がけている、松本零士さんにお願いして描いてもらった絵を会社に飾ってあります。月と地球を取り巻く宇宙に一切のごみがなく、その間を定期便の銀河鉄道が安全に行き来していると。
南谷かっこいい!鳥肌が立ちました。これはいつ頃実現するのでしょうか。
岡田僕らの頑張り次第ですね。南谷さんにも、ぜひ宇宙でごみ拾いを頑張ってもらわないと(笑)。ところで、ご著書によると、南谷さんは小さな頃から好奇心いっぱいの子供だったそうですね。
パリで暇ができたら公園でスケッチ
南谷はい。まず楽器が好きで、ピアノ、バイオリン、マリンバ、ドラムを習っていました。さらに油絵も水彩画も陶芸もやり、運動系ではバレエやバトンをやっていました。今でも美術館できれいな絵を見ると無性に描きたくなり、ネットで油絵の道具を大量買いしてしまいます。きれいな革細工を見たら、自分にもつくれそうだと道具一式そろえてしまいますし、デパ地下でおいしそうなショートケーキを見たら、その日のうちに自分でつくってしまいます。
人生一度きりですから、やりたいと思ったことはやらないと気が済まない性質なんです。でも、それをやっていると時間がいくらあっても足りないので、最近は少し立ち止まり、本当にやりたいことにフォーカスすべきだと思い始めています。
岡田何かをしたいという行動の原点は何かに感動することですね。僕も美しいものが大好きです。うちの会社の本社はシンガポールにあり、毎月、世界を一周するほど、移動が激しい毎日を送っているのですが、年4回ほど、パリに立ち寄ることがあります。いつもギリギリのスケジュールですが、30分でも余裕があると、黒鉛の鉛筆とスケッチブックを買って公園に行き、風景や花などの植物をスケッチするんです。
パリの公園の美しさは世界一です。あるとき、描き終わった紙を手にして立ち去ろうとしたら、見知らぬ女性に呼び止められ、もらっていいかしら、と言うので差し上げました。我ながらうまく描けた絵だったので、写真を撮っておけばよかったなと(笑)。
南谷岡田さんは不思議な人ですよね。東大、大蔵省、マッキンゼーというように、頭脳優秀な左脳型人間の典型のように思っていたのですが、公園でのスケッチという右脳を使う芸術家肌でもある。
岡田15歳でNASAに行き、毛利衛さんの言葉に出会うまでは、劣等感の塊のような少年時代でした。小学校の頃は学年で一番足が遅かったですし、勉強も大してできなかった。心も荒れていました。そんな少年がNASAでの体験を契機にがらりと変わったんです。
アグリテックでアフリカを救いたい
南谷その後、大きな挫折はありましたか。
岡田挫折といえば、そこで何かが途切れてしまうイメージがありますが、何かがうまく行かなくても、別の方法を探したり、それこそ発想の転換を図ったりすれば次の道が開けます。そういう意味では、挫折したことはなく、いつも、通過点にいる感じです。
ところで、南谷さんのこれからの夢や目標を教えてください。
南谷実は来年、日本からスタートしてヨットで世界一周するプロジェクトに取り掛かるつもりだったのですが、家族とも話した結果、まだその「タイミング」ではないと判断し、取りやめました。もちろん、一生のうちにぜひやりたいと思っています。
それ以外に、IoTやAIを農業に活用するアグリテックに興味があるんです。農作物は畑でできるのが今の常識ですが、いろいろなテクノロジーを駆使すれば、ビルそのものを畑にすることができるんです。
大学ではアフリカの政治について学んでおり、アグリテックが、いまアフリカが直面している数々の問題を解く起爆剤になるのではないか、と思っています。砂漠を緑に変えることができるかもしれない。工場で野菜がつくれれば、貧困問題も解決するかもしれない。そこで使う水もリサイクルできれば、水不足の問題もなくなるかもしれない。そうしたアグリテックに役立つアプリを開発している友人がいて、まずは協力して何かやってみたいと思っています。
岡田それはいい着眼ですね。アグリテックのなかでも水耕栽培はこれから大きな需要が見込めるはずです。僕も北京とドバイにある、水耕栽培関連の企業のアドバイザーをつとめているんです。葉物野菜をうまく育てるノウハウはほぼ確立したようですが、ジャガイモなどカロリーの高い農作物を育てるのがこれからのチャレンジですね。
世の中は起業ブームですが、万人にお勧めできるものではありません。人間には向き不向きがあり、起業家により添う軍師役が向いている人もいれば、与えられた役割を日々粛々とこなすのが得意な人もいます。起業家には熱意と行動力が不可欠です。南谷さんは向いていますよ。心から応援します。
南谷ありがとうございます!
- 岡田光信
- 1973年生まれ。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。高校生のときにNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強くなる。2013年、宇宙ゴミを除去することを目的とした宇宙ベンチャーASTROSCALE PTE. LTDを創業。
- 南谷真鈴
- 1996年生まれ。2016年5月にエベレストに登頂し日本人最年少記録を更新、同年7月にはデナリ登頂を果たして7大陸最高峰達成の日本人最年少記録も更新した。17年4月、北極点に到達し、七大陸最高峰と南極点・北極点を制覇したことを示す「エクスプローラーズ・グランドスラム」達成の世界最年少記録を樹立した。著書に「自分を超え続ける」(ダイヤモンド社)など。