リレーされるものがたり。
コンテクストデザイナー
渡邉康太郎が体験した“Social Lab”
2018年4月、「サントス ドゥ カルティエ」の新コレクションを記念し、サンフランシスコで開催された“Social Lab(ソーシャルラボ)”。さまざまなジャンルで活躍するクリエイターたちが一堂に介したこの場所に、コンテクストデザイナーでTakramマネージングパートナーを務める渡邉康太郎も参加した。彼が触れ、感じたものとは。渡邉本人が綴った。
エントランスにはNONOTAKによるアートインスタレーションが広がる。キッチンでは料理研究家ダニエル・ドゥ・ラ・ファレーズのコースメニューが供され、オーディオルームからはApple Musicラリー・ジャクソンとミュージシャンToro y Moiの声と音楽が聞こえてくる。中央広場では義足アスリートのエイミー・ムリンズと瞑想指導者ボブ・ロスが対話している……。
ソーシャルラボは、空間に漂う知と美のヒントを呼吸するための場所だった。共感覚的に同時多発的に、身体に刺激が注がれる。古代ギリシアのアテナイのアゴラは、あるいはこんな雰囲気だったのだろうか。特に印象的だったのはNONOTAKによるステージだ。
NONOTAKは、パリに生まれ育った日本人Takと日仏のハーフであるNoemiによるアーティストユニット。彼らはエントランスのインスタレーションのほか、夜のパフォーマンスも担当していた。音と光が、形のない彫刻として空間を満たす。
ステージは空間の中央に配置されていたから、パーティの参加者は四方から囲んで、どの位置からでもライブを見られる。でも二人は決して観客の方を向かない。お互いに向かい合うようにMacを操作しプレイする。ビートトラックに合わせてメッシュスクリーンに投影される白と黒の模様。たった二色のパレットでも展開される縞のパターンは複雑で、リズムに合わせて変幻自在に姿を変えた。その迫力はみんなの心拍数を確かに上げていて、踊りの下手な僕でさえいつの間にか身体を揺らしていた(嬉しくもなったし恥ずかしくもなった)。
音と光。身体全体を揺るがすように空気を震わす波。そのライブパフォーマンスは、うっかり人に話したくなる、確かな強度を持っていた。
NONOTAKとの会話
でも実はNONOTAKとの出会いを、もっと個人的に感じられるような出来事があった。ライブの前に彼らと話をする時間があったからだ。僕は彼らに「五感の原体験」について尋ねてみた。音と光の原体験としてTakは花火を挙げた。遠くで突然、夜空に輝き花開く光。遅れて届く音が身体に響く。Noemiは、子供の頃体験したあるインスタレーションを挙げた。複数の部屋を通過して、明るい暗い、暑い寒い、小さい大きいなど色々な両極端を体験するものだったそうだ。「感覚の部屋」とでも呼べるだろうか。
それらはいずれも、教科書や美術書を開き受け取るような、温度の低いインスピレーションではなかった。あくまで動物的な、自らの身体を通して一次情報として感じたものだった。そのことがなぜか僕を嬉しくさせた。エピソード記憶。
小さい頃に身体を揺るがした感覚が、忘れがたくずっと残っていたのかもしれない、たとえば海から戻った夜にべッドの中でまだうっすらと身体が波を覚えているように。彼らはその感覚をさらに実験してみたいという衝動から、色々なものをつくっているのかもしれなかった。花火の振動を、感覚の部屋を、彼らは受け取った。そして応答する。ある夜、彼らは形のないものを彫刻する、音と光の芸術家になる。
僕はやっぱりこのライブのことを、そして二人の原初的な体験を、うっかり人に話したくなるだろう。ものがたりはリレーされる。それは単に「うわさ」をつなぐことではない。それはむしろ、つくり手と受け手が入れ替わりに加担することだ。一人の受け手に過ぎなかった僕は、言葉を尽くしてNONOTAKを人に語ることで、いつの間にかつくり手側に回っている。そしてバトンを渡された聞き手は、さらに次の誰かにものがたりをリレーしたくなってしまう(と、少なくとも僕は望むんだけど、どうだろう)。
リレーされるものがたり、そして生まれるもの
彼らからもらった刺激によって、僕は何か新しいものをつくるかもしれない。あらゆる創作活動は別のものへの応答だ。ものがたりはリレーされる。つくり手と受け手は入れ替わる。ルイ・カルティエが、アルべルト・サントス=デュモンへの応答として、腕時計をつくったように。
このイべントが時計のプロダクトローンチであるとわかるヒントはわずかで、電光掲示板に流れる細かな文字やエントランスのロゴ、身体を横に倒さないと覗き込めない(!)映像ディスプレイくらいのものだった。プロモーションの要素を極力排したローンチに、芸術文化を重んじる企業の矜持を感じる(このイベントまで、僕にとってのカルティエのイメージはもっぱら「カルティエ現代美術財団」だった)。
学びはあるが勉強ではない。美しさを見るが美術館ではない。全参加者は平場で言葉を交わし、自らの感覚器で刺激を身体に取り入れる。知的に動物的に。例えば、僕はキッチンで例のダニエルのコース料理と、それに添えられたオーガニックワインを楽しんだ(知的に動物的に)。
登壇者の面々はいずれも、それぞれの分野で現在進行形の挑戦を続ける人物だ。僕たちは彼らの時間断面を垣間見る。そしておよそ100年前の、飛行家だったアルべルト・サントス=デュモンの挑戦に思いを馳せる。
- 渡邉康太郎
- コンテクストデザイナー、Takramマネージングパートナー。代表作にISSEY MIYAKEの手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」他、国内外での展示など多数。著書に『ストーリー・ウィーヴィング』(ダイヤモンド社)など。
「Social Lab」には瞑想指導者のボブ・ロス、サーファーのラード・ハミルトン、Apple Music Head of Contentのラリー・ジャクソン、アーティストのレオ・ビラレアル、建築家マ・ヤンソン、デザイナー イヴ・べアールほか、多種多様なスピーカーがトークセッションを展開。互いに刺激し合うサントスのスピリットが、多くのゲストたちと共有された。
Bob Roth
Laird Hamilton
Larry Jackson
Leo Villareal
Ma Yansong
Yves Behar
©Cartier