ケンウッドを「潰しちゃいかん」
藤吉:阿部さんとスパークスが手掛けた案件でいえば、ケンウッドとビクターの経営統合(2008年)もよく知られていますね。スパークスはケンウッドの株主だったんですよね。阿部:はい。当時のケンウッドは音響機器が不振で経営危機にあったんですが、僕が夏休みにイタリアの島に行ったときに、そこのリゾートホテルのオーディオシステムがケンウッドだったんですね。こんなところまで、世界中をくまなく歩いて売ってるんだな、と。それで「この会社は潰しちゃいかん」と本当に思った。
藤吉:ケンウッドの営業努力を目の当たりにして。
阿部:一方のビクターも苦しんでました。僕はもともと新卒で入った野村総合研究所では家電のアナリストで、そこで最初に担当したのが実は日本ビクターでした。なので、ビクターがどういう会社なのかもよくわかっていました。ケンウッドとビクターという日本を代表する音響メーカーの名を残すためには、両者が統合するしか道はないというのが僕の結論でした。
それでビクターと資本関係にあった松下電器(現・パナソニック)とも協議を重ねて、最終的にビクターによる第三者割当増資350億円のうち、ケンウッドが200億円、ウチが150億円を引き受ける形で株主となり、経営統合を果たしました。
ケンウッド元社長から届いた手紙
藤吉:経営統合により「JVCケンウッド」となったわけですが、阿部さんは株主として経営面ではどのような提案をされたんですか。阿部:一番大きかったのはテレビ事業からの撤退ですね。当時は「魂を抜くようなものだ」という批判もありましたが、結果的に撤退は正しかったと思います。
藤吉:実際、JVCケンウッドは今、ものすごく業績がいいですよね。ドライブレコーダーの開発や無線システムなどの需要が世界的にも好調のようです。
阿部:後に当時ケンウッドの社長だった河原春郎さんからお手紙をいただきました。〈黒子としての大変なご尽力に、改めて心から感謝申し上げます〉と。
藤吉:その手紙が阿部さんの仰る「経営者の共感が得られてこそ真のアクティビズム」という言葉を象徴していますね。
美術館休館騒動の裏にアクティビスト
藤吉:逆に経営者側が株主の共感を得ないといけない場面もありますよね。例えば、昨年8月、インクメーカーの大手DICが保有・運営している「DIC川村記念美術館」(千葉県佐倉市)を休館することを発表して、話題になりました。背景には、同社の株主で冒頭でも名前の出た香港のオアシス・マネジメントから、DICが美術館を所有することに対して、資産効率の観点から疑義が呈されたことがあったようです。阿部:地元では存続を求める署名活動などに発展したそうですね。
藤吉:こういう一種の企業文化と株主の利益が衝突しているケースについては、どうお考えですか。
阿部:文化事業と経済効率のバランスというのは、基本的には経営者が決めることですよね。ただ、どういうバランスをとるにせよ、なぜそうするのかを株主に対して明確に説明できる必要はあるでしょうね。
藤吉:とくに創業家がオーナーという会社の場合、その事業が本当に会社のお金を使ってやるべきことなのか、という線引きが難しい面はありそうですね。
阿部:だから僕が経営者と話をするときにいつも言うのは、「企業というのは公の存在です。あなたは公に供するという社会的責任を負っている。だから『株のことは私には関係ない』という考えなら、今すぐお辞めなさい」ということなんです。