「安い」ことは本当にいいことなのか?

この夏の「米騒動」と物価上昇。一方で「安い」をブランドにする企業たち。「投資の巨人」バフェットとソロスの薫陶を受けた阿部修平(投信投資顧問会社 スパークス・アセット・マネジメント株式会社代表)と考える「安さ」考。対談シリーズ、第7回。



藤吉:最近よく「コメが高くなった」と話題になるんですが、個人的には“本当にそうなのかな”と気になっているんです。というのも、この間、コメの物流大手の社長と話していたら、「このままだと日本の農業はマズい。5年後には大変なことになる」と仰っるんですよね。

阿部:同感です。僕もそう思います。

藤吉:要は、今、農業が儲からないんだ、と。だから後継者もいないし、このままだと誰もやる人いなくなっちゃうという話なんです。なぜ儲からないかといえば、ひとつには、コメも含めて農作物の値段が安すぎるということがあるんですよね。

阿部:モノが安いというのは消費者にとってはいいんだけど、生産者にとっては儲けが少ないということに他なりませんからね。

藤吉:それがまさに今日、うかがいたかったテーマなんです。つまり「安いのは本当にいいことか?」。

阿部:タイムリーなテーマだと思います。例えばちょっとこのグラフを見ていただきたいんですが、日本の消費者物価指数は、ご覧の通り、この30年はほぼフラットに低かったんですね。ただコメについていえば、さらに下がっているんです。

※ 上記は過去の実績およびイメージであり、将来を示唆するものではありません。 出所:世銀、総務省統計局、スパークス・アセット・マネジメント

※ 上記は過去の実績およびイメージであり、将来を示唆するものではありません。 出所:世銀、総務省統計局、スパークス・アセット・マネジメント

藤吉:これ見てビックリしたんですけど、30年前からコメはずっと安くなっているんですね。

阿部:そうなんですよ。メディアも含めてみんな、昨日今日のスパンで「上がった」とか「下がった」とか騒いでいるんですけど、「ずっと下がってたものが上がった」というのが正しい認識だと思います。

「サイゼリヤ」と最低賃金の関係

阿部:この連載でも何度も触れてきましたが、日本は“失われた30年”の間、ずっとデフレでモノが安かったんです。1990年当時の耐久消費財の価格を「100」としたら、2010年ごろは「25」ぐらい、つまり75%下落という異常なデフレの中にあった。当然、コメの値段も下がっていった。それがまず前提ですね。

藤吉:2020年以降、日本のコメもちょっとは上がってますが、タイのコメの値段と比べると上がってないも同然ですね。

阿部:重要なのは、この30年は物価も上がらなかったけど、給料も上がらなかったということです。だから人々の不満もそれほど表面化していなかった。けれど「物価も安いが給料も安い」という局面はもう終わったと僕は思っているんです。

藤吉:何かわかりやすい実例がありますか?

阿部:そうですね……(しばらく考え込んで)例えば、「サイゼリヤ」。

藤吉:あのイタリアンの? 

阿部:そう。サイゼリヤの客単価って、20年前(2004年)は700円くらいで、当時の最低賃金(665円)と同じくらいでした。で、今の客単価もだいたい820円くらいで、20年前から17%上昇しています。

一方で最低賃金の方は2010年ごろからじわじわと上がり初めて、今では1000円を越えてます。ですから、サイゼリヤの客単価は最低賃金よりも200円以上安くなっている。

出所:中央最低賃金審議会目安に関する小委員会 平成16年度第1回資料及び26年度第1回資料 厚生労働省「地域別最低賃金改定状況」 注) 各都道府県の地域別最低賃金は、2002年度から表示単位期間が時間額単独となった

出所:中央最低賃金審議会目安に関する小委員会 平成16年度第1回資料及び26年度第1回資料 厚生労働省「地域別最低賃金改定状況」 注) 各都道府県の地域別最低賃金は、2002年度から表示単位期間が時間額単独となった



藤吉:これ、すごい話ですね。結構ショッキングなデータです。

阿部:最低賃金が上がっていることから分かる通り、経済のトレンドとしてはようやくデフレが終わり、モノの値段が上がっていく局面に入っているんです。だとすればコメの値段だって上がっても、おかしくはない。

藤吉:逆に言うと、上げないとやっていけないですよね。

阿部:コロナ禍以降の円安で、燃料や肥料なんかが値上がりしてますからね。これまでは70歳の老夫婦が2人で支える形で細々とやってきたんだけど、このやり方、この値段では、もう限界なんですよね。

実際、農家の数はどんどん減っています。今、就農している人の平均年齢が約70歳ですから、5年後には75歳。今後、さらに加速度的に減っていくでしょうね。

藤吉:物流会社の社長が「あと5年もすれば」というのは、そういう意味なんですね。
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text by Hidenori Ito/ photograph by Kei Onaka

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