理路整然と間違うよりも「大まかに正しい」ほうがいい データから未来を見通す方法

日本にとってインフレを歓迎すべき理由

阿部:日本にとってインフレを歓迎すべき理由はもう一つあります。それはこの30年の日本企業のバランスシートの変化を見れば、明らかです。

※ 対象は全規模・全産業(除く金融・保険) 出所: 日本銀行「資金循環統計」、スパークス・アセット・マネジメント

※ 対象は全規模・全産業(除く金融・保険) 出所: 日本銀行「資金循環統計」、スパークス・アセット・マネジメント

藤吉:(チャートを見ながら)バブル崩壊後から、すごい勢いで負債が減ってますね。

阿部:そうなんですよ。この下の青い部分が企業が保有している預貯金ですね。バブルのとき、企業は銀行からお金を借りて、土地とか株をせっせと買ったわけです。ところがバブルがはじけて土地の値段が一気に半分になった。借金は減らないけど、資産価値が大幅に減ってしまった。その差額分を返済しないといけなくなったんですね。

日本企業って真面目だから、やるべきことが決まったら徹底的にやるんです。この場合は、とにかく借金を返す。本来、設備投資など成長のために使うべきお金もすべて借金返済に充てた。その結果、およそ10年で返し終わるわけです。

藤吉:本当ですね。

阿部:これが日本の底力ですよね。ただ借金を返し終わった後もずっとお金を借りない時代が続きました。バブルのトラウマで銀行からお金を借りることに企業がものすごく慎重になった。その潮目を変えたのが、いわゆる「アベノミクス」です

藤吉:確かに第二次安倍政権が誕生した2012年以降、再び負債が増え始めてますね。

阿部:注意すべき点は負債が増え始めて、企業活動が再開したように見えるんですけど、借りたお金はほぼすべて預金に回っているんですね。企業の負債が371兆円から521兆円(+150兆円)に膨らんだ一方で、預金も176兆円から350兆円(+174兆円)にまで積み上がってます。

藤吉:負債の増加分と預金の増加分がほぼ同じですね。

阿部:よくいえば、日本企業のバランスシートはものすごく健全になったとも言えます。

※ 日本:TOPIX、米国:S&P500、欧州:BE500(金融業を除く (自己資本比率がマイナスの会社を除く) ) 出所: FactSet Pacific、スパークス・アセット・マネジメント

※ 日本:TOPIX、米国:S&P500、欧州:BE500(金融業を除く (自己資本比率がマイナスの会社を除く) 出所: FactSet Pacific、スパークス・アセット・マネジメント

各国の上場企業の自己資本比率で比較すると、アメリカが36%、ヨーロッパは33%ぐらいなのに対して、日本は43%と圧倒的に高い。健全すぎるくらいなんだけど、現金をいっぱい持っているのは、これから日本の企業のストロングポイントになると思います。

藤吉:それはなぜですか?

阿部:今後、マクロ経済がインフレに動くとしたら、単純に預貯金の金利が上がりますよね。今、世界のほかの国の企業はみんなインフレを警戒しているんですが、日本だけはインフレ歓迎という状況になっています。

「日の丸半導体」は本当に復活するのか?


藤吉:ただ企業としての成長の部分で、設備投資とかR&D(研究開発)にあまりお金が回ってなかったとすれば、それはネックにはなりませんか?

阿部:この20年、日本企業の多くが設備投資などは限定的にしか行ってこなかったのは確かです。ただ儲からなくなった部門の設備を切り捨てることもしなかった。欧米の企業であれば、まっさきに切り捨てるところを、日本企業はそのプラットフォームを維持し続けたんです。その典型的な例が半導体です。

藤吉:今年、台湾の世界的半導体メーカー・TSMCが熊本に工場を建設したことが大きな話題になりました。

阿部:そもそも1980年代後半は、日本が世界の半導体工場で、まさにTSMCみたいな存在だったわけですよね。それが1989年に天安門事件とベルリンの壁崩壊という2つの歴史的イベントが起こって、その直後、冷戦体制が終わり、東西の市場が一つになった結果、人件費の安い韓国や台湾、中国などに半導体の生産が移管されていったという経緯があります。

ただ、半導体の拠点が海外に移管されても、日本は半導体製造のためのプラットフォームを残していたから、今回、TSMCが熊本に進出できたんです。実はTSMCは同時期にアメリカへの工場建設も発表していたんですが、こちらは未だ始まっていません。

藤吉:半導体の製造現場が残ってないから、作れないわけですか?

阿部:そうです。北海道にラピダスが進出したことも含めて、今、日本の半導体が復活しつつあるのには、そういう背景があるわけです。専門家はラピダスについて「うまくいきっこない。販売先が確保されてない」とか色々言うんだけど、それこそ〝理路整然と間違っている〟実例だと僕は思います。
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text by Hidenori Ito/ photograph by Kei Onaka

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市場の波をつかむ12の方法 スパークス代表・阿部修平×Forbes JAPAN 編集長・藤吉雅春

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