「マクロはミクロの集積である」
阿部:次に例えば、ある企業の株価がその企業の本来の価値をベースにしたときにどうなのかを見るわけです。いわゆるPER(株価収益率:株価が企業の利益と比べて割高か、割安かを判断する指標)とかPBR(株価純資産倍率:株価が1株当たりの純資産の何倍かを示す株価指標)とかいわれる数字ですね。PBRでいえば、アメリカ株の平均は今、4倍を超えてます。つまり100円の資本に対して400円の価値がついてる。これってインターネットバブルの時以来の高い数字なんです。
対して日本株の平均PBRは1.2倍くらいで、これは世界でも最も低い水準といえます。
藤吉:そうした株価の評価が適正なのかをどうやって判断していますか。
阿部:それを考えるには結局、個々の国の経済状況とか生産性を見るしかない。といってもマクロ経済そのものを分析するのは難しいので、個々の企業を調べることでそれを代替するんです。
藤吉:阿部さんがよく言う「マクロはミクロの集積である」ですね。
阿部:そうです。とにかくできるだけ多くの企業を調査して、ミクロの分析を積み重ねることで全体が収斂していくトレンドのようなものが見えてくる。
じゃあマクロ経済は全然見ないかと言うと、見るべき要素が2つあるんです。ひとつは財政の支出、もうひとつは金利です。いずれも国がコントロールできることで、要は財政政策と金融政策の方向性がどちらへ向かっているかは気にしますね。
藤吉:それで言えば、日本は〝失われた30年〟の間、新規国債発行によって国債残高の累増がすごいことになっています。
阿部:長引くデフレによって失われた需要を政府の借り入れによって賄ってきたんですね。その結果、どうなったか。次に各国の対GDP比の債務残高の推移を示したチャートを見てみましょう。