それはなにも、ウクライナ軍は米国製パトリオットPAC-2地対空ミサイルシステムなど比較的新しい防空兵器に習熟していないと思われていたからではない。ウクライナ空軍はこれ以前にも、およそ数週間ごとに、ミサイルを用いた周到な待ち伏せ攻撃でロシア軍機を一気に撃墜することを繰り返していたからだ。
不可解だったのは、ロシア空軍はなぜ8機かそこらしかなく、完全に戦闘能力が整ったものになるとわずか2、3機しかないA-50UまたはA-50Mの1機を、ウクライナ側のミサイルにさらされるほど前線近くで飛行させたのかという点だ。このA-50はウクライナ南部の前線から160km弱の空域で被弾し、アゾフ海に墜落、15人かそこらの搭乗者全員が死亡したと報じられている。
この距離であれば、ウクライナ軍が保有する防空兵器のうち、パトリオットと旧ソ連で開発されたS-200地対空ミサイルシステムの射程に入る。しかも、A-50は機体上部に搭載する「ベガ」レーダーによって、およそ400km先の航空機を探知できるはずなのだ。
ただし、その探知距離は目標が小さいほど短くなる。米陸軍の防空砲兵分野の専門家であるピーター・ミッチェル少将の評価によれば、A-50が1月14日にあれほど前線に接近したのはそのせいかもしれないという。
ミッチェルは、教鞭をとるウェストポイント(陸軍士官学校)の現代戦争研究所に寄せた論考で「ロシア側は貴重な航空機(A-50)を危険にさらすのもやむを得ないと感じたのではないか」と推測している。「アゾフ海上空のA-50は【略】、前線全体の完全なレーダー画像を捉える必要性がきわめて切迫していたのでない限り、あえてここまで前線に接近しようとはしなかっただろう」
では、この緊急性の原因はいったい何だったのか。それはF-16のウクライナ到着が間近に迫っているということではなかったかというのがミッチェルの見立てだ。F-16はデンマーク、オランダ、ノルウェーが計少なくとも60機をウクライナの戦争努力のために提供することを表明している。ミッチェルは、ロシア側は「ウクライナ側の近接航空支援機に最初の一撃を加えるという期待を抱いて、貴重な(早期警戒管制機)の1機を失う危険を冒す」のをいとわなかった可能性があるとみる。