企業の遺伝子はどのように引き継がれ、また新たな形質を帯びて継承されていくのだろう? 「アルプス電気」(現「アルプスアルパイン」)と「東北ライフサイエンス機器クラスター(TOLIC)」との関係を見ながら、このことを考えたい。まずは、2つの組織を簡単に紹介しよう。
アルプスアルパイン(旧アルプス電気は、戦後日本に登場し急成長を遂げた大手電子部品メーカーである。部品メーカーという性格ゆえに一般的な知名度は低いかもしれないが、年間約9000億円の売り上げを誇る大企業だ。
2019年にカーオーディオメーカーの「アルパイン」を統合し、社名を「アルプス電気」から「アルプスアルパイン」に改称した。なお、本稿では、2019年以前の出来事に関連する記述については、「アルプス電気」と記す。また、読みやすさを考慮して、「アルプスアルパイン」は「アルプス」と略記する。
次にTOLICを説明する。「東北ライフサイエンス・インストルメンツ・クラスター」という正規名称の通り、単体企業ではなく、ベンチャー企業集団である。
ほとんどのベンチャーが短命に終わるのに対して、2002年頃から盛岡で生まれたこのベンチャー企業群は、互いに連携を取り合いながら、デスバレーを乗り越え、医療機器産業という領域でさらに強固に結びつきを強めながら、ジワジワと発展を続けている。
なお、このTOLICの中心的な企業である「アイカムス・ラボ」は、Forbes JAPANが創設した「スモール・ジャイアンツ アワード」の第1回受賞者だ。
ドキュメンタリーにもなった「TOLIC物語」
では、アルプス電気とTOLICという2つの組織の関係はどのようなものか。TOLICを形成する多くのベンチャーは、アルプス電気から生まれたものである。
そのきっかけは2002年のアルプス電気の盛岡工場の閉鎖にある。工場が閉鎖されたときに、多くの技術者が盛岡を離れずに、退職して起業することを選択した。結果、盛岡市にベンチャー企業が急速に増えたというわけである。
盛岡工場という殻が割れ、そこから多くの種がばらまかれ、ベンチャーという芽が大量に吹き出したというイメージを思い描いてくれればいいだろう。

やがて、かつてはアルプス電気という同じ釜のメシを食ったベンチャーどうしが連携しはじめ、やがて、医療機器という分野に大きく舵を切り、新たな参入者も呼び込んで、TOLICという集団を形成する。
その勢いは、2020年には、JR盛岡駅から車で10分の岩手県工業技術センター敷地内に「ヘルスティック・イノベーション・ハブ(HIH)」という、いわばサイエンスパークを建造し、そこにTOLICの各企業が入居、物理的な距離も縮め、一段と強固に連携できる体制も確立した。
このTOLIC設立までの流れについて、僕はForbesCAREERにて、「東北再生」というタイトルで12回に亘って連載した。この連載は、学術論文の参考資料としても取り上げられ、その後に僕が盛岡を訪ねたおりには、東北経済産業局の官僚や自治体の職員、政治家から「読んでいます」とよく声をかけられた。「就職を考えるときに、地元の高校生が読むこともあるみたいですよ」と言われもした。

なお、この連載テキストはTOLICの有志によって、紙媒体に移され、「TOLIC物語」として頒布、これを参考にしてドキュメンタリー映像がつくられたりもしている。
