宇宙

2023.09.01 13:00

震災の教訓を胸に。人工衛星による救助支援と災害に強い社会づくり【伊東せりか宇宙飛行士と考える地球の未来#23】

では、この小型SAR衛星システムの技術をどう社会実装しようかと考えたときに、話に挙がったのが、2025年から2045年にかけて高い確率で発生すると予測されている南海トラフ地震です。防災科学技術研究所によると、東海、近畿、四国、九州の太平洋沿岸地域が被災します。政府がこの全域の被災状況を把握しようとすると、飛行機やドローンでは全く対処できず、もう衛星で観測するしか手段がないのです。
 
さらに政府は、およそ2時間で首相官邸に災害対策本部を立ち上げ、初動を決定すると言われています。南海トラフ地震のように広域な災害の場合は、いち早く被災状況を把握して、どのエリアにどれだけの救助隊を送り込むかを決めなければなりません。本当に首相官邸に発災後2時間以内に情報を届けようとするなら、時々しか飛んでいない衛星ではどうしようもありません。数十機の衛星を打ち上げて、いつでも情報を届けられる仕組みを構築する必要があるのです。

この仕組みを2025年までに実現するには、スピード感が必要でした。そこで創業したのが、自ら小型SAR衛星を開発して、衛星データのソリューションを提供するスタートアップ、Synspectiveです。

SAR衛星画像で、発災時の人命救助を支援

せりか:発災時に被災地の衛星画像を他国から提供してもらうことは、難しいのでしょうか。やはり衛星は自国で持つべきなのでしょうか?

白坂教授:もちろん、国際災害チャータという枠組みがあり、被災時には世界が協力する仕組みがあります。しかし、現状は世界中の衛星を使っても機数が足りないので、2時間には間に合わないでしょう。最近では、海外のスタートアップ企業も活躍していますが、それでも足りない状況です。世界で50機あれば足りるようになるかもしれませんが、地震や津波など、高い自然災害リスクにさらされている日本が、危機感を持って衛星システムを構築していくことはおかしいことではないでしょう。

せりか:確かにそうですね。日本が、災害対応における衛星利活用を促進していけるといいですね。発災後すぐに被災地を衛星で観測することができたら、どんな情報を得られるのでしょうか?

白坂教授:地震や津波の被害状況を把握できれば、救助隊の車両が通れる道や橋がわかるので、被災地へ向かう経路を決められます。東日本大震災では、車メーカーが走行実績データを活用した通行実績情報を公開し、これが役立てられました。

せりか:なるほど!でもやはり2時間以内に情報を提供しようと考えると、衛星による広域観測が有効ですね。衛星画像はどのくらいの精度があれば、車両が通れる道や橋の情報が得られますか?

白坂教授:1m分解能(画像の1ピクセルが1mに相当)です。そのため、ImPACTでも1m分解能のSAR衛星の開発を目標としていました。防衛用途では特定の場所を細かく観察したいというニーズがあるのに対して、災害対応では幅広いエリアを細かく観察したいというニーズがあるのが、大きな違いです。そのためImPACTでは世界に先駆けて、高分解能かつ広範囲な観測ができる小型SAR衛星を開発したのです。

通常、地球観測衛星の評価は大きく分けて2軸があります。地表をどれだけ細かく観測できるかを示す空間分解能と、どのくらいの頻度で観測できるかを示す時間分解能です。しかし、災害対応に取り組む私たちはそのどちらかではなく、「レスポンシブネス(即応性)」で評価します。これは災害が起きてから、情報を取得して提供するまでにかかる時間をいかに短縮できるかが重要だという考え方です。
次ページ > 地球観測衛星をレスポンシブネスで評価

協力=井上榛香

ForbesBrandVoice

人気記事