今後の日本の課題は、豊かさ美しさに相応しい価格で売ること
高津: 良いものを高く売って、日本の働く人の賃金を上げていきましょう、という考え方には賛成です。スイスの銀行一族の後継者は、「日本にはとても美しいものが沢山あるのに、値段のつけ方が下手だよね」と言っていました。富山のレストランの例ではないですが、日本の地方には豊かで美しい、自然由来のものが沢山あります。週末に箱根に泊まりに行った時も、そこで神奈川・静岡あたりの様々な食材で料理を提供していて、堪能しました。日本には、あちこちにそれができる強みがあります。カタールやドバイだったら、全部空輸することになってしまうかも知れないですよね。
阿部: 海士町(あまちょう)では、岩牡蠣をCAS凍結して、鮮度と美味しさを保ちながらドバイにも輸出しているんですよ。
高津: うーん。社会人としての僕は、エネルギー消費のことも考えて、むしろ島根県周辺の地域にがんがん出荷した方がいいように思います(笑)。この本が読者に問いかけるのは、「豊かさの在り方」です。値段が高いのがいいという単純な論理ではないですが、豊かさや美というものは、人々にとって喜びを生み、結果として経済的価値を生みます。
一方、日本では人口が減少の一途を辿っているし、国家財政も危機的です。これだけ美しい風景や素晴らしい工芸、食材を持ちあわせているのであれば、そういった豊かさ、美しさに相応しい値段をつけて、世界中の人たちに喜んで買っていただく、楽しんでいただく、というのは大事な取り組みだと思います。
オーガニックって高い?答えはNo!
阿部: インバウンドや世界の動きは、理解しました。では国内では、どうでしょう?高津: 国内でも全く同じです。東京では箱根が近いリゾートですが、ひと昔前の箱根の旅館の食事は、冴えないものでした。ところが近年は、地産地消のスピリッツを生かした独自の料理に見事にアップデートされている。ここで大事なのは、そういう現象に気がつくことと、相手に素晴らしかったと伝えることです。
小野寺: 価格のつけ方だけではなく、そもそも「オーガニックは本当に高いのか?」という問い直しが大切であるとアリスは言っています。
「安さが一番の人に、オーガニックレストランを応援したいというような話をすると必ず、お金があるからできるのだと言われます。本当にそうでしょうか?価格差があるのは、ファストフード産業が消費者に隠れたコストを見せていないからに過ぎないのです。
たとえば、人は、食費と健康維持費を分けて考えますが、本来それは切っても切れないものです。世界人口の40%以上が太りすぎか肥満であり、それが原因で糖尿病や心臓病など、たくさんの健康被害を誘発しています」(本書75ページ)という話や、
「安く食事をしようと思ったら、ファストフードが一番だというのも作り話です。ケンタッキーフライドチキンの“ファミリーセット”は30ドルします。内容は、チキン12ピース、サイドディッシュ2皿、ビスケット6つです。一方で、オーガニックな丸鶏を肉屋で買うと、25ドル。
高いように聞こえますが、この丸鶏を4人用に3種類の料理にすれば、実はとてもリーズナブルです。1日目は胸肉を料理し、米とサラダを添えます。翌日はチキンサラダのサンドイッチに。そして、残った鶏の骨はじっくり煮込んでトルティーヤ・スープにするのです」(本書76ページ)と。
食卓に食べ物が届くまでのプロセスと向き合うことができれば、適正価格で栄養価の高い食事を用意する道は、実はたくさんあると認識していくことが重要です。