失敗の達人、信念の所以
小山:研究者特有の資質というのはありますか。山中:ちょっと失敗に強いというか、失敗を楽しめる人。当然落ち込みますけど、「転んでもただでは起きない!」みたいな。そういうところがないとやっていられない仕事なんですよね。
小山:失敗したときはどこまで遡るんですか。手前のここが失敗だったと判断するのか、根本的に違う部分を徹底的に探るのか。
山中:そこは運命の別れ道で、ちょっとした実験のやり方で随分と変わるんです。コントロールというのですが、「これは絶対うまくいくはずだ」という組み合わせも入れておくとか、以前うまくいった方法を入れておくとか。それで、こちらは前と同じようにうまくいったけれど、新しいほうはうまくいかなかったとなれば、原因はだいぶ狭まりますよね。ところが、以前うまくいったものを省略して新しいやり方だけでやろうとすると、うまくいかなかったときに何が悪かったかがわからない。判明に時間かかって、そのうち力尽きてしまう。
小山:失敗をどう生かすか、それをどう財産として考えるかですね。
山中:はい。失敗の手法といいますか、同じ失敗をしていても、失敗で終わる人と、失敗から学ぶ人がいるんです。例えば、2022年のノーベル賞を受賞したカタリン・カリコさんは、新型コロナウイルスで実用化されたmRNAワクチンを開発された方なんですけど40年くらいずっと失敗し続け、最後に成功しました。
小山:失敗の達人ですね。そういう意味では研究は白か黒かがはっきり出るからいいですよね。誰かの判断ではないから。
山中:いや、研究もいろんなステージがあって、例えばiPS細胞を使って薬をつくるというような応用研究は、白黒はっきりしてるので、評価もしやすいしお金も出しやすいんです。問題は基礎研究です。
小山:いわゆる土台づくりみたいな。
山中:そうです。いったん出た芽を大きくするのは割と簡単だけど、そもそも芽を出す研究というのは、100個やって1個出るかどうか。しかもそのうちのどれが出るかという予測は誰にもできない。カタリン・カリコさんも毎年アメリカ政府に研究費を申請しても一度ももらえなかったんです。
小山:のちのノーベル賞受賞者が?
山中:ええ。政府の専門家も彼女の可能性を正しく判断できなかった。渡米後、ペンシルベニア大学でも「研究室のリーダー」からの辞職か、降格・減給かを迫られ、教員から研究員に降格している。
小山:じゃあ、もう大逆転満塁ホームランだったんですね。
山中:そうです。彼女はハンガリー出身なのですが、当時は社会主義一党独裁で経済が停滞して、研究手当が出なくなり、やめなければならなくなった。それで欧米各地の大学に求職の手紙を送ったところ、フィラデルフィアのテンプル大学のポスドクに決まった。
彼女はそこで自分の車を売り、1カ月暮らせるドルをつくりました。最初の1カ月は給与が出ないから。でも、ハンガリーは100ドル以上の外資を持ち出すのは禁じられている。困った彼女は娘さんのテディベアの中にドルをこっそり忍ばせ、アメリカに持ち込んだんです。
その娘さんはのちにボート競技で2大会連続オリンピックで金メダルを獲得された方で、カタリン・カリコさんはずっと「ゴールドメダリストの母」と紹介されていましたが、ノーベル賞受賞後は製薬会社に勤めている娘さんが「カリコ博士の娘」と言われるようになった。