言うまでもなく、今のままでいいということではなく、大いにやるべきことは多いのでしょう。国際化もデジタル化も手が抜けません。しかし、自分たちの分野にあったロジックを強固にしたいと考えている。「35歳以下の若手の人の登竜門としての展示スペース、サローネサテリテは新しいラグジュアリーの鏡でもあると思っています」という彼女の言葉は、その方針にとてもあった表現であると思います。
これは貴重な方向感覚です。
サローネ会場(Courtesy Salone del Mobile.Milano)
先月も引用したソーシャルイノベーションの第一人者であるエツィオ・マンズィーニ(ミラノ工科大学デザイン学部名誉教授)は、昨年出した本「Livable proximity」(SEGA刊)で、近隣を重視した新しい街のあり方を語っています。そのなかで街が機能的であることと人の関係がつくられる空間であるためには、「道路」と「広場」が重要であると言っています。
これらは多様な出会いを作り出す装置であるわけですが、このような文脈で道路というと、「クルマを排除した遊歩道でしょう」と表層的な理解をされやすいですが、何よりも重要なのは、一つのスペースを単機能にしない、数々の機能と意味をもたすことであると強調しています。
道路のケースでいえば、道路を移動のためのインフラとの概念から、出逢いと雑談のスペースとの概念にすることです。意味のイノベーションを試みるのが大切なわけです。
サローネのゾーニングも、従来主流だった「このパビリオンにはこの機能」というよりも、それぞれのスペースに複数の機能と意味をもたせ、それらが重ね合わさるようなコンセプトに向かっています。サローネの会場に滞在中、人々が各社の新作をみて、それらを比較してトレンドを語るだけでなく、何らかの学びもあり、深い議論にも接する。そうした充実感をもって会場を後にしてもらうことを狙っているのです。
若手のタレントを見いだすためだけに行くのではなく、キャリアを十分に積んだ人たちが新しい世代の考えていることや願いに接し、若い人たちを遠いところから間接的にでも背中を押すためには何をすれば良いのだろうか? と考える契機を提供するのです。ポッロの語る「鏡」には、そういう内省を迫る意味もあるだろうと思います。
中野さん、つくづくインテリア業界は新しいラグジュアリーの宝庫だと思いました。ラグジュアリーとは多面的でなくてはいけない、という姿を具現しています。長年、ぼくもこの業界で仕事もしてきましたが、ポッロの語る内容にはハッとさせられました。ファッションの世界をよく知る中野さんの目からお話しください。