「ドンバス」は、8年前に起きた「分離独立派」とウクライナ軍の軍事衝突を背景に、ロシア語系住⺠の多いウクライナ東部の政治や社会、住民たちの極限下での状況を、強烈な⾵刺を織り交ぜながら描いたフィクション作品だ。
2018年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部⾨で監督賞を受賞した同作品を世に問うたのは、1964年ベラルーシ生まれのセルゲイ・ロズニツァ監督だ。
作品の舞台となっているのは、2014年から15年にかけてのドンバス地方。時期は、分離独立派による支配が始まって間もない頃だ。撮影が行われたのは、ドニエプロペトロフスク州クリヴォイ・ログという町で、当時はまだウクライナ軍の支配地域だったが、現在は分離独立派に占領されている。
つまり、多くの人々が今日ほどウクライナ情勢に関心を持っていなかった時期に、この深刻な状況が起きていたことは確認しておく必要がある。
以前、筆者は、ドンバス地方のルハンシク在住しておりロシアによる軍事侵攻に遭遇し、2014年夏、一家でこの地から逃れることになった日本人カメラマンの糸沢たかしさんの話を紹介したが、この春、来日していた彼と一緒にこの作品を観る機会を得た。
かつてのロシアによる軍事侵攻を実際に体験した彼が露悪的とさえ思えるほどのシーンの数々について、それが何を意味し、どう理解すればいいのか、聞きたかった。
われわれ日本人は、はるか彼方から今回のロシアによるウクライナ侵攻を眺め、ただ茫然としているだけだが、糸沢さんはこの事態をリアルに受けとめている数少ない日本人といえる。この地域の元住民でもある以上、ウクライナ側に立脚しているのは当然といえるが、その観察眼や洞察には得難いものがある。
映画「ドンバス」は13のエピソードで構成されている。
糸沢さんによれば、「この作品はフイクションではあるが、これらのエピソードは当時ウクライナにいた私と家族が新聞やネット、テレビなどで知っていた事件を題材としており、そのうちいくつかは私の周辺でも実際に起きたこと」だという。