しかし、なかには捕虜を責める母親を止めようとする若い娘もいて、人によってプロパガンダの浸透の度合いの違いも描かれていました。
2014年当時、BBCなどの海外メディアが実際に同じことが起きていたことを報じています。なかにはウクライナ人女性活動家がリンチを受けたケースもあったようです。プロパガンダに洗脳された市民の感情がいかに変異しやすいか、人間の憎悪が狂おしくも増幅されていく生々しい光景を見せつけられます。
検問所付近で砲撃に襲われる地元住民を乗せたバス(C)MA.JA.DE FICTION / ARTHOUSE TRAFFIC / JBA PRODUCTION / GRANIET FILM / DIGITAL CUBE
最後の「再び東部占領地域でのフェイクニュース作りの現場」では、ロシア側のプロパガンダに加担した者たちへの非情な措置と、そのことさえもが新たなフェイクニュースの材料として使われることを伝えて、映画は終わります。
映画「ドンバス」の究極のテーマ
(本文執筆時において)ロシアのウクライナ侵攻によって、現在ドンバス地方はほぼ占領されており、ルハンシク州も大部分の地域が陥落してしまいました。セベロドニエツクという都市が頻繁にメディアでは報道されていますが、ウクライナのポケットのような場所で、ロシア軍はここを孤立させ、マリウポリのようにしようとしています。
マリウポリ、ヘルソンなどのすでに占領された都市では、通貨や年金支給などで経済のルーブル化が始まり、インターネット・通信・電話用SIMカードのモスクワ回線使用による情報通信コントロールもスタートしています。
独立派要人が乗った車の襲撃。映画ではウクライナ軍による暗殺と思われる(C)MA.JA.DE FICTION / ARTHOUSE TRAFFIC / JBA PRODUCTION / GRANIET FILM / DIGITAL CUBE
さらにモスクワ時間(ウクライナ時間と1時間の時差がある)の適用、市内のモニュメントや地名表示の変更、ロシアのパスポートへの変更奨励と取得の簡素化など、あらゆる面でロシア化が行われており、住民は選択の余地はありませんし、生命や生活の安定ゆえに、それに従いざるを得ません。
指摘しておきたいのは、上記のような「ロシア化」工作の着手と進行は、2014年当時のルハンシクでは半年以上かかりましたが、今回新たな占領地では1週間もたたずに行われているということです。そのスピードの早さが可能となったのは、「ドンバス」で描かれたような8年前の旧ソ連的な手法による工作がひな型として採用されているからです。