映画を観たあと、糸沢さんが語ってくれた話の一部を紹介したい。
映画が呼び起こす当時の実情
私にとって、「ドンバス」の13のエピソードは、気分が悪くなるものでした。なぜならそれは、作品そのものの良し悪しではなく、自身が見たり聞いたり体験したおぞましいことを、スクリーンを通して再度見せられたことで生理的な反応をせざるを得なかったからです。
2014年のロシアによるクリミア侵攻時から、「ハイブリッド戦争」という言葉がメディアに登場し始めました。
これは、軍隊や兵器による従来型のハードな戦闘ではなく、サイバー攻撃や政治介入、情報操作、フェイクニュースの拡散などのソフトな手法によって、人心や社会の操作、市民の扇動などを引き起こし、より広範囲な戦果を得ることを目的としたものです。
この作品では、ハイブリッド戦争の強力な「武器」のひとつであるプロパガンダがどうつくられ、その背後で誰が暗躍し、人々はどのように洗脳されていくのか。フェイクニュースの発信や拡散、市民への影響とその浸透、定着に至るまでの過程で何が起こるのかが描かれています。
冒頭のエピソード「東部占領地域でのフェイクニュース作りの現場」は、年配の女優らしき女性たちを使って、用意周到に仕組まれたフェイク映像が生まれる舞台裏を明らかにしたものです。ロシアのテレビ局が、ウクライナ軍の砲撃によって市民が死亡したことを伝える場面では、マイクを向けられた女性はあらかじめ用意されたセリフを語ります。
フェイクニュース出演女性は「バブシュカ(ロシアのおばちゃん)」風メイク (C) MA.JA.DE FICTION / ARTHOUSE TRAFFIC / JBA PRODUCTION / GRANIET FILM / DIGITAL CUBE
当時、私の住んでいたルハンシクの住民の間では、「ロシア人テレビクルーが集まり始めたら、撮影用の砲撃が始まる前ぶれだから近づくな」という噂が広まっていたことを思い出しました。悲惨さを強調するため、病院や幼稚園などの教育施設が対象になりましたが、死傷者を出さないために人のいない時間帯や庭への砲撃を行ったと言われています。