経営・戦略

2025.01.27 13:40

【追悼】野中郁次郎教授、「リーダーよ、人間本来の力「野性」に目覚めよ」

野中郁次郎 | 一橋大学名誉教授

野中郁次郎 | 一橋大学名誉教授

1月26日、世界的権威として知られる経営学者、野中郁次郎・一橋大学名誉教授が亡くなったことが報じられた。「Forbes JAPAN」ではこれまで2度、野中教授へのインタビューを行ってきた。

1度目はおよそ10年前の2015年5月号に掲載され、タイトルは「MESSAGE TO THE CEO 『全員経営』によって知的機動力を最大化せよ」だった。2度目のインタビューはおよそ1年前である24年3月号に掲載されたインタビュー記事だ。「『新しいリーダー』を語ろう」という特集テーマに対して、野中教授が提唱している「野性の経営」について語ってもらった。タイトルは「リーダーよ、人間本来の力「野性」に目覚めよ。私が今「野性の経営」を提唱している理由」だ。

インタビューでは80代後半という年齢にも関わらず、特に野中経営論の中核であるSECIモデルと「知的コンバット(知的な格闘)」について、今もなお熱く力強い言葉で語られていたことがとても印象的だった。


同教授を偲び、経営、そしてリーダーのあり方を追求する本誌ならではのインタビューを今一度、お届けしたい。次々と新たな舶来のキーワードが広まる現代の経営において、今なぜ「野性」なのかーー。


※この記事はForbes JAPAN 2024年3月号に掲載された独占インタビュー記事の再掲です。



2022年4月、野中は『野性の経営』という挑戦的なタイトルの経営書を出版した。副題は「極限のリーダーシップが未来を変える」。そこで、中心的に取り上げられたのは、世界的なエクセレントカンパニーのCEOではなく、タイの非営利財団の理事長クンチャイであった。

クンチャイは、世界最大のケシ栽培を担った麻薬地帯「ゴールデン・トライアングル」に住む人々を、アヘンに侵され苦しむ人々から、経済的に自立し自らの「生き方」を自律的に創造する人々に変えた。30年がかりで、上から目線ではなく彼らと共創し、一帯を観光客の呼べる地域へと再生した希代のリーダーである。「クンチャイのリーダーシップの本質は、人間本来の力である『野性』にある」と説く野中は、その野性に基づく経営こそ、今の時代に重要であるという。

「3つの過剰」が招いた失われた30年

では、なぜ今「野性の経営」なのか。その提唱の背景にある問題意識は、失われた30年に起きた日本の知的競争力の低下にある。戦後の高度経済成長期、電子立国として世界に名をとどろかせ、ジャパンアズナンバーワンの時代があった。スイスのIMD(国際経営開発研究所)の「世界競争力年鑑」によれば、日本は競争力において、1989年以降の約10年間はトップ10にランクイン。その後、下降トレンドが続き、23年には35位となった。
 
こうした日本停滞の要因は何か。野中は「3つの過剰」にあると考える。

「オーバーアナリシス、オーバープランニング、オーバーコンプライアンス。要約すると、『分析のやりすぎ』に原因がある。多くの企業で一般化したPDCAの考え方にも、落とし穴がある。(同志社大学教授、一橋大学名誉教授で)社会学者の佐藤郁哉は、『PdCa』だと表現しているが、分析のPlanとCheckは大文字で過剰、実践のDoとActionは小文字で軽視、との指摘だが、その通りだ。我々がかつてやってきたことは、もっと野性的だった。『まず、やろうじゃないか』から始まっていたはず。しかし、今は身体ではなく、先に頭が来すぎていると思う」

制度、仕組み、プログラム。経営ツールが次々に導入される経営の現場で、管理されるのは、あくまで量に変換される性質のものだけ。質的なものは抜け落ちる。過度な可視化と定量管理を課された現場は失敗を恐れ、挑戦しなくなる。「数値経営に振り回され、日常が数学化しすぎているのは危機的状態だ」

「野性の復権」の本質

3つの過剰が常態化したマネジメントが、経営の活力を奪ってきた。「人間が本来もっている生き抜く力、創造性を劣化させてしまう」と考える野中は、この経営の課題をどう解くのだろうか。
 
鍵は、人間観の転換にある。野中の知識創造理論の根底にある人間観は、フッサールらの現象学からヒントを得ている。

「知識創造というのは、知識とは何かから始まらなければいけない。さらに、人間の本質とは意味づけと価値づけを探求すること。重要なのは、意味が先にあり、その後に分析や数値化があること。意味づけと価値づけは、主観から生まれる。個人が身体で直接体験し、感じるもの、つまり本質直観である。本質は見えない。頭より身体で感じるのが人間だ」
 
野中の言う「身体と心の関係」を支持する科学的な研究も増えている。代表例は、他者の行為を見て、言語を媒介せず相手の意図を感じる脳内の神経細胞ミラーニューロンの発見や「身体感覚は意識よりも0.5秒早い」とするリベットの研究だ。
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文=フォーブスジャパン編集部 写真=ヤン・ブース

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