共感から始め「知的な格闘」を欠かすな
共感だけで経営はできるのか──その問いに応えるのが、野中経営論の中核にある「SECI(セキ)モデル」だ。個人に眠る暗黙知を集団や組織で共有できる形式知へと変換するプロセスを定式化した組織的イノベーションのモデルだ。鍵になるのは、身体的な勘どころ、主観的で人格的な無意識である「暗黙知」と、再利用可能な客観的で社会的な意識である「形式知」の2つの概念である。この2つの知は、独立して存在するのではなく、連続体だ。潜在する暗黙知の質量が、顕在化する形式知の質量を決定する。
SECIモデルは、現実を感知したり、相手の視点に立って暗黙知の獲得、共有を行う「共同化(S)」に始まり、直観した本質を他者との対話を通じて概念などの形式知へと転換する「表出化(E)」。組織内外のあらゆる知を総動員して、自在に組み合わせ集合知を創造する「連結化(C)」。集合知となった戦略やモデルを、実践を通じた試行錯誤によって個人に身体化し、暗黙知を豊かにする「内面化(I)」。この4つのフェーズが、スパイラルに連続することで、組織的・集合的な知識創造が行われるという。重要なのは、共感から始まる共同化が起点となることだ。「昔のソニーやホンダのように、面白い会社は、やっぱり共感から始める」
野中は、共感(Empathy)と同感(Sympathy)は似て非なるものと考える。「共感は身体で感じ合う、他者の視点になりきり、感情移入をする。一方で、客観視しながら『そうだよね』と頷くのが同感。SECIモデルでは、最初は共感。計画や数値でなく、現実を肌で感じ、異なる主観をもつ者同士が全身全霊で共感し、暗黙知を獲得するところから始まる。暗黙知の本質を結晶化し、概念化するためには真剣勝負の対話をしないといけない。それを『知的コンバット』と呼んでいる」
ブレイクスルーをもたらすイノベーションの種が生まれるか否か。それは、忖度や妥協を許さない知的格闘(コンバット)とも呼ぶべき率直な対話ができるかどうかにかかっているという。「ホンダの競争力の源泉となっている、徹底的な議論を行う『ワイガヤ』は知的コンバットの場であるが、本田宗一郎とクリエイティブペアだった藤澤武夫が、天才なき後のホンダを憂えて、つくったもの。年齢や役職、部門を超えて、一人ひとりの潜在能力を解放し、知恵を結集する全員経営そのものだ」。