野中流「リーダーシップ 6つの条件」
野中は実践知(賢慮・実践知恵)に基づくリーダーについて「フロネティック・リーダーシップ」を定義している。その要件となる能力は、1.善い目的を追求する、2.現実を直観する、3.場をつくる、4.直観の本質を物語る、5.政治力も行使して物語を実現する、6.実践知を自律分散し組織化する──の6つだ。その例として野中はふたりの経営者を挙げる。リーダーには、共通善となるようなパーパス(存在目的)を定め、追求することが求められる。ソニーグループにて、12年3月期5000億円を超える連結赤字から、18年の過去最高業績、21年時価総額14兆円の大復活を実現した同社元CEOの平井一夫は、「KANDO」というパーパスを再生の旗印にした。社員との対話を重ねるなかで、「感動」という言葉を拾い、「KANDO」というコンセプトに集約。共感を重要視し、全世界をまわり、6年で70回以上もタウンホールミーティングを開催。形骸化しがちなパーパスを、一人ひとりの社員に腹落ちをさせていった。
「平井氏は、改革にはIQよりEQ(心の知能指数)と言った。まず共感から入り、現場でありのままの現実から直観する。現場主義で終わらずに、徹底した知的コンバットで現場の社員とWHYを追求した。そのしつこさが、平井氏のソニー改革を成功させたと言える」
エーザイは、企業理念を定款に定める。世界で初めて野中の知識創造理論を採用した経営者・現代表執行役CEO内藤晴夫がトップに就任すると、92年に「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」という企業理念を定めた。05年に株主総会で承認されたのは「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売り上げ、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」の一文だ。
これは、製薬会社にとっての顧客が病院や医師とされていた時代に、患者とその家族の満足を追求することを宣言した革新的な内容であった。全世界の社員に就労時間の1%(年2.5日間)を費やし、患者やその家族とともに過ごすことを奨励することは、「共同化(S)」を意図した施策であり、根底にはhhcという企業理念がある。
22年には、定款を一部アップデート。hhcの主役を「患者とそのご家族」から「患者と生活者の皆様」へと拡大し、さらなる高みを目指す。「内藤氏が素晴らしいのは、善い目的を株主総会にかけて、会社の憲法とも言える定款にまで入れたこと。30年ほど前には、研究所に泊まり込み、研究員一人ひとりと徹底的に対話をした。認知症治療薬『レカネマブ』は、その真剣勝負の知的コンバットの先に生まれたとも言える」。
成功に、近道はない。野中が提唱する「野性の経営」が求めるのは、どこまでも人間くさいリーダーであるとも言える。
のなか・いくじろう◎一橋大学名誉教授。1935年東京都生まれ。58年早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校経営大学院にてPh.D.取得。知識創造理論を世界に広めたナレッジマネジメントの権威。近著に『世界を驚かせたスクラム経営 ラグビーワールドカップ2019組織委員会の挑戦』。