ソ連の首都モスクワの路上で保護された雌の野良犬ライカは、宇宙に旅立ち、二度と地球には戻ってこなかった。こうなることを、打ち上げを行った科学者たちは知っていた。
ライカは科学の進歩の象徴となった一方で、動物実験の倫理的な難問を人類に突きつけた。ライカの物語、いや、むしろライカの悲劇は、人類の知の探求の名の下に払われた多くの犠牲の中でも最も考えさせられる事例といえるかもしれない。
宇宙に打ち上げられる運命だった野良犬ライカ
ソ連政府は宇宙計画を推し進めるため、モスクワの路上から多数の野良犬を集めた。ライカはそのうちの1匹にすぎない。当時のソ連の科学者たちは、すでに過酷な環境に慣れている野良犬こそ、極限環境の宇宙に送り込むのに最適だと考えたのだ。ソ連が野良犬に頼ったのは現実的な選択だったかもしれないが、今にして思えば信じられないほど象徴的でもあった。野良犬たちはたくましく生き抜く存在と見なされ、ソビエトの精神を大胆に表現していた。さらに、野良犬はモスクワの路上の厳しい寒さや暑さに耐え、飢えにも慣れていたため、過酷な環境にも自然に適応できると考えられていた。
このように、ライカを含む野良犬たちは、当時のソ連と米国の宇宙開発競争を象徴する意思と犠牲を体現していたのだ。だが、ライカが選ばれたのは、単に野良犬だったからではない。最終的に選ばれたのは、完全な孤立と多大なストレスに耐え得る犬だったからだ。
ライカと仲間の野良犬たちは、前例のない宇宙への旅に備えて厳しい訓練を受けた。その内容は現代の基準からすれば非人道的で、過酷なものだった。野良犬たちはそれぞれおりの中に閉じ込められていたが、スプートニク2号の窮屈な環境に慣らすため、徐々に小さなおりに移し替えられていった。この監禁状態は20日間に及ぶこともあり、犬たちに計り知れない心理的ストレスと肉体的苦痛をもたらしたことは疑う余地もない。
人工衛星の内部環境だけでなく、犬たちは打ち上げに伴う物理的な衝撃にも備えなければならなかった。そのため、犬たちは遠心分離機に入れられ、人工衛星の打ち上げ時に経験する強烈な重力を模擬体験した。さらに、人工衛星の打ち上げ音を再現した耳をつんざくような騒音にさらされた。こうした模擬訓練は、犬たちが宇宙飛行に備える上で必要だったが、健康面では大きな代償を払うことになった。