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2025.01.31 11:00

日常と仕事にグラデーションをつくる 作家・燃え殻さんの「集中への準備運動」

『ボクたちはみんな大人になれなかった』は累計20万部を超えるベストセラー。独特のつぶやきの世界を垣間見せるXのフォロワー数は24.7万人。

多くの共感を呼び起こす小説とエッセイで活躍中の作家・燃え殻さんが語る「僕の仕事論」。



――作家デビューして今年で8年目。単行本は、小説、エッセイ集をあわせ13冊にもなりましたし、週刊誌連載は現在2本。1週間に2本の連載は大変ですよね。

ありがたいことなんですけど、昔から締め切り恐怖症で、今でもなるべく締め切り前に担当編集者に原稿を渡して自分に余裕を持たせたいんですよね。『週刊新潮』も『週刊女性』もどちらとも3カ月くらい先までの原稿を書き終えているくらいで。そうしないと落ち着かないんですよ。

新潮のほうなんて、連載陣に五木寛之さんや横尾忠則さんといった「文筆の怪物たち」が目次に並んでいるわけです。五木さんのエッセイは、原稿を書くその日にあったことや考えたことをサラサラサラッと、という感じでまさに随筆ですよね。横尾さんのエッセイも老いをものともしない強さが伝わってくるもので、とてもとても辿り着けない世界です。

そんなお歴々がいるなかで「すみません、締め切りもうちょっと待ってください」みたいなこと、できません、怖くて。

――執筆に入るとき、気を落ち着かせるためにするルーティンのようなものはあるんですか?

仕事に入る前に、お香を焚いたり、ガムを噛んだりすることが多いですかね。お香に関して言うと、毎日仕事前に必ず1本お香を焚きます。机の前にいろんなお香を並べてあって、仏具屋みたいになっちゃってるんですけど、そこから白檀でも竹でも伽羅でも沈香でもなんでもいいんですが、机の前に並べてあるどれかを1本立てて火をつける。

「今日は白檀」みたいに決めないことを大切にしています。決めてしまうと何かに縛られてしまう気がするから。自分を縛らないようにしながら、次第に「やる気」を出せる時間をまずつくるようにしています。

このときはまだ、原稿執筆には入っていません。パソコンは開いているんだけど、やっていることはメールの返信だとか、別の作業。書くための準備運動のようなものですね。で、次第に気持ちの切り替えができてきて、いよいよ執筆を始める、という流れです。

朝起きたら3枚書くというのは自分に課していて、まずはそのための儀式ですね。

――そこで作家モードに切り替わるという。

「やるぞ!」と一気にモードが変わるという感じではないですね。エッセイはもちろん、小説も僕の場合は自伝的要素が強いこともあって「日常」の延長にある。だけど物語には脚色も入るので完全な日常を書いていくわけではない。

ですので、日常と非日常のグラデーションのなかに自分を置く、という言い方がちょうどいいような気がします。日常の色合いを少し薄めて、ものを書き始めるといった具合に。

――小説を書くときと、エッセイを書くときと、そのグラデーションは違うものなんですか?

エッセイはどうしても自分の身の回りに起きた出来事だったり、それで考えたことを中心に書きますから、頭のなかの日常要素は強めです。小説の場合だと、やはり物語性というか、面白くストーリーを読みたいという期待もされていると思っているので、少し非日常のほうに身を置いて考えたり書いたりしています。そこはグラデーションを自分で微調整してやっていますね。

ただ、エッセイを書いたあとに小説を書く場合、すぐに頭を切り替えて「非日常」側に自分の気持ちを微調整できるかというと、それはちょっと難しい。そこでいったん自分の状態を緩めて、グラデーション微調整期間に入ります。

――そのときはまたお香を?

いえ、ここはけっこうガムに助けられています。集中する前の準備運動という感じですかね。

ガムもお香と同じように、いろんな種類が机の前に並んでいるんですが、これも「この味を噛もう」と決めずに、気分のままに口にします。お香と違うのは「カチッ」と自分のなかにスイッチが入るというか、区切りのチャイムが鳴る感覚があるところ。僕は一気に集中したり、気持ちの切り替えが苦手なところがあって、「小刻みに集中」できるほうが合っているんです。

その意味で、執筆感覚のグラデーションを少し切り替える、もう一度日常と非日常のバランスを微調整して次の仕事に「集中」するうえで、ガムはとても大切なツールになっています。お香の匂いもそうですが、自分の五感を変えることで切り替えるというか。極端な話、仕事の内容によって着替えをしたり、模様替えしたりっていうこともあるんですよ。

そして何より、ガムを噛むことは僕にとってリラックスできる記憶を蘇らせてくれるんです。ちょっと独特な思い出なんですが。

――どんな思い出なんですか。

おばあちゃんがタバコ屋をやっていたんですよ。タバコ屋さんってガムも売っていて、よく覚えているのは階段の形をしたガムのショーケースがあって、そこにきれいに並べられたいろんな種類のガム。それでおばあちゃんは、おまけのようにしてお客さんに「はい、ガム」って渡すことがあったんです。トラックの運転手さんがタバコを1カートン買ってくれたら「はい」って、眠気覚ましになるようなミントのガムを手渡したりして。

僕にもガムをくれることがありました。学校の帰りにおばあちゃんの店に行くと、「今日学校で何があった?」って聞かれる。そこで、こんなことがあったって説明すると「もっと面白くして話せ」って、厳しいんですよ。で、がんばって面白いストーリーにして話せると「よし」ってご褒美にガムをくれる。

ガムを噛むと、なんかそのことを思い出すし、ついでにお店でつけていた石油ストーブの匂いだったり、ストーブの上で焼いていた干し芋の匂いまで呼び起こされるんです。そして、女子プロレスが大好きだった、少し変わったおばあちゃんの懐かしさも。

 

――おばあちゃんに「物語」をつくるきっかけをもらっていたようにも思えますね。

たしかにそうなんですよ。日常のエピソードをちょっと「盛って」初めてお話をつくったのは、おばあちゃんのタバコ屋さんでのことだったのかもしれない。

作家の原点というと大袈裟かもしれないけれど、「ここは作家のつもりで、おばあちゃんと話をしてみよう」と、違う自分を演じた最初かもしれませんね。

――今も執筆しているときは「作家のつもり」という意識があったりしますか?

ありますね。だから日常の自分から、ちょっとずらすように微調整して仕事をしています。

人って誰でも自分のなかに、いくつかの役割を持っているような気がしています。仕事をしているときの自分は「劇団社会人」の一員として役割を演じている。法事に出席しているときは「劇団大人」の一員として役割を果たそうとしている。僕の場合は、「劇団社会人」のなかで作家を演じているというふうに。

――ラジオ番組ではナビゲーターとしてマイクの前に座るお仕事もされていますよね。

ラジオの場合もほぼ「作家役」のままですね。番組の内容が、自作を朗読したり、自作について語ったりすることが多いので。僕自身、特にニッポン放送の番組が大好きで、大槻ケンヂさんの「オールナイトニッポン」や、伊集院光さんの番組をよく聴いていましたから、まさか自分がラジオをやっているなんて。ニッポン放送で出待ちしていたあの頃の自分に教えてやりたい。

――いつか燃え殻さんの小説に出てきそうな、自伝的要素の強い、いいエピソードですね。

あの頃の自分を思い出すためには、リラックスすることが必要で、そこにはいつもガムがある気がしますね。一仕事して、ガムを噛んで気持ちを切り替えて「集中への準備」をする。自分のグラデーションを少し調整して、また違う仕事に向かう。僕の場合はそうやって「小刻みに集中する」ためにガムを噛んでいる気がしますね。そして一仕事終えたら、ご褒美のガムを噛む。おばあちゃんがくれたご褒美を、今はセルフで。


燃え殻◎1973年生まれ。2017年『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化され、森山未來、伊藤沙莉が出演した。またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+でドラマ化、『湯布院奇行』が朗読劇化(原作)、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』がコミック化とHuluでドラマ化(原作と脚本)されるなど、さまざまなメディアでその作品世界が共感を呼んでいる。ほかの作品に『これはただの夏』、エッセイ集『愛と忘却の日々』、人生相談回答集『相談の森』など。

ガムを「噛むこと」についての情報はこちら

promoted by ロッテ/text by Tomoya Tanimura/ photographs by Tomohiko Ogiwara