その背中を追いかけるのが、いま日本のファッション業界で注目を集める新興ブランドのひとつ「HARUNOBUMURATA(ハルノブムラタ)」だ。デザイナーの村田晴信はファッションの本場ミラノで、JOHN RICHMONDやJIL SANDERなどで働きながら約8年間デザインを学び、独立した。
「世界で評価されるブランドづくり」を経験してきた村田は、一流ブランドから何を学び、どう活かすのか。デザインとビジネス、両軸から考える新しいラグジュアリーブランドの勝算について聞いた。
ミニマルなデザインをイタリア人が大絶賛
村田は幼少期から、よく和装に身を包んでいた祖母の影響もあり、衣服に関心があったという。歳を重ねるごとに服作りに興味を抱くようになり、高校生の頃に本格的にファッションデザイナーを目指すことを決める。しかし、当時通っていたのは普通科の進学校だったため、古着のリメイクから独学で服作りを学んだ。当時から目標は、世界に通用するブランドをつくることだった。高校卒業後はファッションの専門学校に入学。しかし、海外のブランドで修行したいと考えていた村田にとって、想定外の現実が待っていた。
「学校の就職面談でパリのブランド『LANVIN』に就職したいと伝えたんです。そしたら先生に真面目に答えてくれと言われました。私も『真面目に言っているんですが......』といった具合で(笑)SNSもなかった時代、海外で就職することは多くの学生にとって自分ごと化しにくく、進路として考える人が少なかったのでしょう」
海外で学ぼうと留学の機会を必死に探していた時、受賞すると留学資格を得られるという「神戸ファッションコンテスト」を見つけた。当時パリに留学したいと考えていた村田は、迷わず挑戦した。2009年のことだった。
コンテストでは派手な服が多い中、村田が作ったのは「ミニマル」な洋服だった。それを見た当時の審査員、ミラノのファッションの名門マランゴーニ学院の理事長が大絶賛した。
「私が作ったのは、1枚の布に折り目をつけるだけで立体的に見せる服でした。学生時代、授業で自身のクリエーションの方向性をプレゼンしフィードバックをもらうということを繰り返した結果、『静謐(せいひつ)』に辿り着いたんです。ピンと張り詰めた空気感のようなものを究極的にミニマルな形で表現しようと思いました。
そして『一息で決める』シンプルなデザインが私のアイデンティティになりました。当時審査員に『シンプルで美しいブランドにジルサンダーがある。それがミラノにあるって知っていたか? 君はパリではなくミラノで学ぶべきだ』と言われました」
その後、村田は奨学金も獲得し、マランゴーニ学院の修士課程に進むことが決まった。
「いい服」の概念が覆った瞬間
ミラノだったからこそ学べたことがあるという──。大学院卒業後、村田はジョンリッチモンドを経てジルサンダーに入社した。錚々たる経歴を持つ能力の高いデザイナーと働く中で、「いい服」の概念が覆る学びがあったと村田は振り返る。