21世紀に世界遺産となったイタリアの「単なる田園風景」の価値

オルチャ渓谷の農業景観(c)植田曉

東京のコンサルが地方へきて街づくりをするというパターンには、東京の論理と土着の慣習や感情がかみあわずに失敗する例も少なくないのですが、この夫婦は移住者として腰をすえ、10年以上かけて町の人たちと同じ目線に立って取り組んでいます。町の「中の人」になって本気を見せたことが成功の理由のひとつです。
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実は富山にはそのような日常の景観保存の成功例が早くからあります。岩瀬地区です。桝田酒造5代目社長の桝田隆一郎さんという突出した資本家が強い情熱を持って進めてきました。古民家を買って改修し、無電柱化し、アーティストの工房を作り、レベルの高いレストランを作り、路面電車も通す……。

桝田さんがこのような岩瀬の整備を進めたそもそもの動機が、日々きれいな環境に身をおきたいという自分のため、家族のため、会社のためでした。結果として、岩瀬の住民の日常の生活の質も向上させることにつながりました。

実はここは私の実家から車で20分くらいの場所にあり、訪れるたびに激変ぶりに驚いていました。岩瀬全体としての景観は保存されているのですが、改修された古民家の意味が変わり、映画のセットのように変貌していき、ミシュラン星付きのレストランも増えています。
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桝田さんは本業においてもドン・ペリニヨン5代目醸造家のリシャール・ジェフロワ氏とのコラボで「IWA 5」を醸造するなど快進撃を続けており、こうした活動が総合的な魅力となって、いわゆる「高付加価値観光」(もう「富裕層観光」という言葉は使えなくなっています)の客が訪れるべき場所となりつつあります。

桝田さんは岩瀬を観光資源とすることなど当初の目的にはなかったようなのですが、地域の価値を高めたことでそうなってしまった。地元の人々の「日常」の幸福との共存が守られ続けていくよう願っているところです。

散居村に向かう電車の車窓から(撮影=中野香織)散居村に向かう電車の車窓から(撮影=中野香織)

以上、富山の「テリトーリオ」に分類されるのか「パエサッジョ」に分類されるのか定かではありませんが、景観保存の試みの一例です。日本ではこうした「日常」的な景観保護に対する国のバックアップがなく、土地に関わりの深い資本家やプロデューサーが自分たちなりの方法で保存の努力を進めているというのが実態と思われます。

文化庁が日本遺産として保護するのは、寺社仏閣や城郭、伝統芸能や歴史遺産など、非日常的なものが中心です。貴重な歴史遺産の保護ももちろん大切ですが、同時に、現代を生きる人が「なんでもない日常の光景」と思い込んでいる自然の景観にも「これは人間が意識的に保存していかねばならない貴重な光景」という意識を向けて、それこそ土徳の考え方で積極的に保護していただきたいものですね。

それが、全国展開のチェーン店ばかりの風景になってしまわないうちに。

文=安西洋之(前半)、中野香織(後半)

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