なぜ「マリー・クワント展」は英国で40万人も動員できたのか?

2019年にV&Aで開催された展覧会の様子(Getty Images)

11月26日から2カ月間、「マリー・クワント展」が東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されます。ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)の巡回展で、ミニスカートによって時代を変えたデザイナーの業績をたどる日本初の回顧展となります。

本展覧会と図録本の翻訳監修をするなかで、この展覧会が成り立つまでのプロセスに現代性を感じたので、その点を中心に紹介します。

展覧会では、1955年から1975年までのクワントの活動を網羅する100点余りが披露されるのですが、展示される服や写真には、イギリス全土から寄贈あるいは貸し出されたものも一部含みます。V&AがSNSとメディアを通じ、#WeWantQuant(クワントを求む)キャンペーンをおこない、クワントがデザインした洋服とそれにまつわる思い出を募集したところ、当時の服や写真を保管していた多くの「一般の」女性たちが応じました。

その結果、展覧会の主催者がおそらく当初は予想しなかったアイテムや写真、ストーリーまで集まり、展示できなかったエピソードは図録に効果的に散りばめられました。学芸員によるディレクションは入っているものの、同時代のクワントに少しでも触れたことのある市井の人たちの生々しい記憶の貢献が、展覧会全体に生命感を与えているような印象が残ります。


(右)マリー・クワントのカンゴール製ベレー帽の広告 1967年 Image courtesy of The Advertising Archives

ファッションやジュエリーの展覧会に「個人蔵」のアイテムが飾られることはしばしばありますが、ほとんどの場合、「○○公爵夫人」など上流階級のクローゼットや金庫に保管されていた高級な一点ものだったりします。

しかし、今回展示される個人蔵のアイテムは、大量生産が始まった時代の民主的な既製服で、タイツなども含め、むしろ「断捨離」されやすいものではなかったと想像します。それがかなりよい状態で個人の思い出とともに保管され、半世紀以上経った後に主催者の呼びかけによって一か所に集まり、その集合体がデザイナーの物語と同時代の文化や産業を語ることになります。

その暁に現出したのは、無駄をそぎ落とされたおさまりのいいアート展ではなく、同時代のノイズを排除しない猥雑で生々しい世界観。それが海を越えて日本でも披露されることになろうとは、クワント本人も驚いていることでしょう。
 
さて、このような展覧会の成り立ちに今っぽさを感じ、新しさの理由はどう説明できるかを考えていたところ、出会ったのが、静岡大学准教授、本條晴一郎さんの論文「ブランドに導かれる企業のあり方:セカンドオーダー・サイバネティクスの実践としてのBX」でした。クラシコム代表の青木耕平さんが「この論文はすばらしい。新・ラグジュアリーに通じる考え方がある」と安西さんや私に教えてくださったことがきっかけです。
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文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

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