未来に生まれる課題や価値の変化を考えることで、今後組織が進むべき方向を検討する「SFプロトタイピング」の手法が注目を集めている。
2013年『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』(亜紀書房)に始まり、21年には、『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』(早川書房)、『未来は予測するものではなく創造するものである—考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』(筑摩書房)、『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』(ダイヤモンド社)と、SFプロトタイピングを扱う3冊の書籍が立て続けに出版された。また、ソニーも藤井太洋をはじめとする4人のSF作家とコラボした展示会を行い話題となった。
SFプロトタイピングの魅力は、SF(サイエンス・フィクション)のストーリーを考える過程で、参加者のさまざまな価値観の交流を促し、常識にとらわれず発想を広げながら、企業や組織が描く未来像を多様な視点から探求できる点にある。
今回、「未来の戦略を多様な視点から考えていく上で、SFプロトタイピングに興味がある」と語ったヤマハの森隆志・研究開発統括部技術応用グループリーダー。年齢や性別、専門領域が異なるヤマハの社員とともにSFプロトタイピングワークショップを実践することとなった。
ヤマハがSFプロトタイピングをやってみたら?
通常のSFプロトタイピングでは、テーマ決定、世界観構築や登場人物の設定といった作業を時間をかけて行うが、今回は短縮版として、3つのステップに分けてワークショップを実施した。まず、探求したいテーマを明確にすることからはじめる。最初に問いを明確にすると、参加者からの多様な意見やアイデアが出やすくなる。
音響信号処理やデバイス開発、戦略企画を行っているメンバーは、未来のメタバース、AI、音楽の新しい聴かれ方等に関心があるという。さらに議論が進み、「BMI(Brain Machine Interface)を介して人間の感性・経験自体を保存・共有できるようになった世界とは?」という問いが生まれる。
「感覚を直接共有し合えるようになった未来で、音楽とコミュニケーションのかたちはどのようになるのか?」「感性や経験のコピーが可能となったとき、感じ方のオリジナリティは失われてしまうのか?」……。多くの問いの中で、「感動を・ともに・創る」というヤマハの企業理念に照らし合わせ「他者の感性や経験をより直接的に共有できるようになった世界で、音楽の意味はどのように変わるか?」という、感性の共有と音楽の価値にかかわるテーゼを問うこととなった。
STEP2では抽象的な問いをストーリーで扱うかたちに具体化していく。ここでは「もしも、……?」というフレーズを使って、「他者の感性や経験を共有できるようになった世界」での「もしも(What If)」から、発想を広げる作業を行った。「もしも」と問いかけることで、STEP1で生まれた問いから仮説を引き出し、未来の世界での出来事や新しいデバイスのアイデアへと想像の解像度を高めることが狙いだ。