ビジネス

2022.03.05

「イスラエル、入ってる?」国防軍の技術が世界の車を変える

アクシリオンの創業者

新しいテクノロジーで社会が大きく変わろうとしている。それに伴い、業界リーダーの定義も、そして“ルール”も変わろうとしている。新時代で成功するために取るべきアプローチとは。


イスラエルには自動車メーカーが存在しない──。

それが今や、首都エルサレムやテルアビブに自動車メーカー(OEM)や、そこに素材や製品を供給する会社(ティアワンサプライヤー)が進出。アクセラレータやコワーキングスペースを訪れると、必ずと言っていいほど、ホンダやデンソーといった日本を代表する企業のロゴを見かける。

キーワードは「イスラエル、入ってる?」だ。今、次世代の自動車業界の中核技術がこの国で生まれている。AI(人工知能)車載カメラ開発企業の「Mobileye(モービルアイ)」、LiDAR(ライダー:光検出・測距)センサー開発企業「Innoviz Technologies(イノビズ・テクノロジーズ)」、車載通信用半導体メーカー「Valens(バレンス)」といった企業が一大エコシステム(生態系)を構築。

世界的自動車メーカーまで拠点を設けるほどだ。独BMWは、22年に発売予定の高級セダン「7シリーズ」の新世代にモービルアイやイノビズの製品を搭載し、「レベル3(条件付自動運転)」を実現すると発表している。


イスラエルにも国産の自動車メーカーがあった。1959年、オートカーズ社が、「Susita(スシータ)」を発売している。しかしガラス繊維製のクルマは不評で、「砂漠に放置したら、ラクダに食べられた」という都市伝説まである。その後、自動車業界は衰退した。

なぜ、自動車メーカーすらないイスラエルが“次世代自動車開発の震源地”になったのか? そのヒントは、前出のスタートアップの開発製品にある。AI、センサーにコンピュータ・ビジョン。これらの技術の多くは、イスラエルの防衛産業で育まれたものばかりだ。イスラエルは周辺国と長らく緊張関係に置かれてきた。

18歳から男女ともに兵役義務があり、イスラエル国防軍(IDF)で数年間を過ごす。資源をもたないイスラエルは、創意工夫で難局を乗り越えてきた歴史をもつ。戦局を優位にする偵察用ドローンやサイバーセキュリティ、ミサイル迎撃システムの開発に注力し、サイバー領域に特化した精鋭部隊も生まれるようになる。知識、チームワーク、リーダーシップを身につけた彼らの中からは除隊後、起業家を志す者も出てくるようになった。

実際、イノビズの創業者チームは、エリート組織の出身だ。「IDFの特長は、イノベーションと即興だ」と、同社の共同創業者のオレン・ブスキラ(38)は語る。

「戦闘で勝つにはサプライズが必要ですから。こうしたマインドセットが、イスラエルのテクノロジー業界にも波及します。もちろん、長所と短所がありますが(笑)」

IDFで培った専門性と、非線形の発想が軍事技術の民生転用を促しているのだ。
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文=井関庸介

この記事は 「Forbes JAPAN No.090 2022年2月号(2021/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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