ただ、これらの新技術に既存のルールで対応するのは難しい。そこでスタートアップは自らが業界標準を目指すと同時に、当局に働きかけて規制づくりに協力している。例えば、モービルアイがイスラエル運輸・道路安全省に働きかけて策定された規制は、中国が自国の自動運転業界に取り入れ、ロシア最大のテクノロジー企業「Yandex(ヤンデックス)」もこれに則って外国籍企業ながら、19年からテルアビブで自動運転の実証実験を行なっている。
前出の半導体企業バレンスも業務用通信規格の領域で2つも業界標準を打ち立てる一方、情報を積極的に開示し、業界リーダーを目指している。つまり、入れ替わりが激しい次世代テクノロジーの世界で勝ち残りたいのなら、誰もがイノベーターと教育者、イノベーターと規制当局の両方でなくてはならない。こうした関係者全員による包括的アプローチが、自動車メーカーのない国をスマートモビリティ大国に成長させたのだ。
イスラエルが、スタートアップ国家と呼ばれるようになって久しい。近年は、起業家が自社を大企業に成長させる「スケールアップ国家」を目指す向きもある。初代首相のダビド・ベン=グリオンは、飛行機の中古部品を集めさせて、国営航空会社を育て上げた。今のイスラエルなら、自動車で同じことができても不思議ではない。
THE PROMISED MARKET 自動車関連ソフトウェア市場の成長予測
世代の価値観によるクルマ離れの声もあるが、デジタル化した自動車は利用用途が増えることで市場全体として伸びる可能性すらある。それを可能にするソフトウェアや半導体、通信機器の市場は成長が約束されたようなものだ。
1. 天才起業家たちが軍事技術を民生転用
イスラエル国防軍(IDF)で兵役を終えた男女の中から、起業家を目指す者が出てくる。移民で成り立ち、失敗に寛容な社会が起業家精神を育んできた。また、「Think outside the box.(枠の外で考えよ)」といった柔軟な発想、チームワークを重んじながらも上司に意見することを許容するフラットな組織構造も、起業家育成につながっている。エリート育成プログラム「タルピオット」や、精鋭組織「8200部隊」「81部隊」が輩出する天才たちが、革命的な企業を立ち上げる。LiDAR開発企業イノビズの創業チームも81部隊の出身だ(写真)。
2. 世界的メーカーと組んで、「中核技術」に
起業家の多くは退役後、大学で研究を深め、その後に会社を立ち上げる。イスラエルの場合、センサーやサイバーといった領域が特に強い。こうした技術を自社製品に加えたい各国メーカーと提携し、さまざまなエコシステムの中で同時多発的に広がり、成長していくのだ。先進運転支援システム(ADAS)開発企業「モービルアイ」も自動車メーカー各社と組むことで技術力と信頼性が高まった。同社は2016年、独自動車メーカーBMW、半導体大手インテルと「自動運転車」の開発で組むことを発表(写真)。その翌年、インテルに買収された。