日本において曖昧な「ラグジュアリー」を世界基準で語るなら

Getty Images


ただ、ヨーロッパと一括りにすると、これまた齟齬が生じる可能性があります。

ヨーロッパのラグジュアリーを代表する姿は、1980年代にはじまったLVMHやケリングといった高級ブランドのコングロマリットであり、フランスの19世紀を起源にもつハイエンド商品のストーリーを喧伝・継承する面が強いです。もともと家族経営でニッチな高級市場を握っていた企業をグループ傘下に置き、ブランドのポートフォリオをマネジメントするようになったのです。

それらのグループが買収したイタリア発祥ブランドもありますから、フランスのコングロマリットだからすべてのブランドがフランス流儀とは形容できないですが、ここではフランスとイタリアのラグジュアリーの違いについて指摘しておきます。例として2つの相違点を挙げます。

日本の起業家の参考になるのは?


まず一つは、両者がラグジュアリーの基本要素としている職人技についての違いです。フランスのラグジュアリーではsavoir faireという言葉が出てくる一方で、イタリアではsapere fareとの表現が同様に使われます。仏伊語のどちらも動詞の原形で、「するのを知る」が直訳になります。英語なら「ノウハウ(know how)」と訳されることが多いです。

まるで同じ言葉ですが、フランス語では贅を尽くす貴族的な生活を支える技との背景を想起させ、イタリア語では日常生活を支えるための職人技であるのが強調され、everyday luxury(日々のラグジュアリー)がイタリアの特徴であるとされるのです。そしてイタリアの強みはマーケティングよりも生産サイドに重きがおかれます。


Getty Images

2つ目の違いは、ラグジュアリーと評価されるモノなりブランドなりをつくっていくためのナレッジが、イタリアの方がフランスよりも共有されやすい仕組みをもっている点です。高級ブランドの企業が集まる組織が仏伊両国にあります。フランスはコルベール委員会、イタリアはアルタガンマです。これらは情報収集、対外プロモーション、公的機関へのロビー活動などに動きます(ケースによって、両者はパートナーとして手を組みます)。

このなかでアルタガンマは加盟企業のサイズが中堅以下であることが多く、市場分析・予測のデータを共同で取得して共有しています。一方、フランスはコングロマリットが自社でそれらを調達するので社外と共有することがありません。つまりコルベール委員会を頼りません。また、イタリアには仏伊高級ブランドの下請けをする生産会社が数多く存在し、各ブランドの動向を非公式に知ることができる環境があります。

イタリアは悪く言えば情報への脇が甘く、よく言えばラグジュアリー情報の民主化がなされている、ということになります。日々のラグジュアリーとの背景と相まって、この差がラグジュアリーのスタートアップの生みやすさを作っていると表現できそうです。

よって、仮に日本の若き起業家が見るべき参考モデルがどこにあるかと聞かれれば、ぼくの答えは「イタリアに多い」となります。当然、英国にもスイスにもあります。しかしながら、あえて仏伊を比較すれば圧倒的にイタリアです。

連載:ポストラグジュアリー 360度の風景
過去記事はこちら>>

文=中野香織(前半)、安西洋之(後半)

タグ:

連載

ポストラグジュアリー -360度の風景-

ForbesBrandVoice

人気記事