また、スキャンダルの当事者、ハート候補と不倫関係にあったとされるドナ・ライスという女性にもスポットを当てる。どうしてこんな騒動の渦中に巻き込まれたのか。彼女の内面描写も忘れてはいない。そして、白眉は、ハート候補とは別居中であった妻リーとの対面シーンだ。観客は他人事にもかかわらず、否が応でも緊迫感に包まれる。
もちろん、突然、主役を失って戸惑う選挙スタッフたちの姿も描かれ、それぞれのシーンが次から次へと登場し、大統領選挙という(とは言ってもまだ予備選なのだが)壮大なドラマの一端を、臨場感をもって覗くことができる。
ハート大統領が誕生していたら
監督は「マイレージ、マイライフ」(2009年)でアカデミー賞6部門にノミネートされたジェイソン・ライトマン。映画は2014年に発表されたノンフィクション「All the Truth is Out」を原作としており、著者であるマット・バイもライトマン監督とともに脚本に名を連ねている。
アメリカでは、ネットフリックスのドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」が人気を集めてから、政治ドラマが一種のブームとなっており、この「フロントランナー」もそのひとつだ。脚本づくりにもうひとり参加しているのがジェイソン・カーソンで、彼は「ハウス・オブ・カード」のクリエイティブ・コンサルタントをつとめた人間だ。そして、マット・バイもジェイソン・カーンも、政治コンサルタントとして大統領選挙で候補者キャンペーンに携わった経験があり、脚本の細部にまでリアリティを与えている。
大統領選挙の予備選を扱った映画では、過去に「スーパー・チューズデー〜正義を売った日〜」(2011年)というジョージ・クルーニー監督、ライアン・ゴズリング主演の良作があったが、この「フロントランナー」は、さらに大統領選挙というドラマの内幕を伝える観応えある作品となっている。
さて映画を離れ、現実へと戻るが、不倫スキャンダルによって「最有力候補」から撤退したハート上院議員は、その後は弁護士としての活動を再開し、複数の主要企業の戦略アドバイザーや作家や講師としても活躍した。とくに国際関係に関しての識見を見込まれ、政府関係の役職も歴任、小説4作も含め、21冊の著書も執筆している。そして、妻との夫婦関係はいまも継続されているとのことだ。
結局、ハート議員が道半ばで矢尽き刀折れた1988年の大統領選挙は、共和党はレーガン政権で副大統領をつとめたジョージ・ブッシュ(父)と、民主党はマサチューセッツ知事のマイケル・デュカキスの一騎打ちとなり、前者が当選、共和党の政権がもう4年続くことになる。
もし、ハート候補にスキャンダルが飛び出さず、そのまま民主党の大統領候補となっていたら、選挙に勝利していたかもしれない。歴史に「もし」は無意味だが、ハート大統領は果たして湾岸戦争へと踏み切っただろうか。
その意味でも、最強の国の国家元首を、国民の選挙で選ぶアメリカ大統領選挙、世界が注目する最大のドラマであることには間違いない。最後にゲイリー・ハート上院議員が、選挙戦から撤退するときに語った次の言葉に耳を傾けたい。
「この国の政治は、運動競技あるいはスポーツの試合の一形態になる瀬戸際にある」
連載 : シネマ未来鏡
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