米ドルが基軸通貨の地位を失うとの懸念からドルに売りを浴びせるというのは、究極の「ウィドウメーカー・トレード」(非常にリスクが高く、失敗すれば大損する取引)と言っていいだろう。
過去30年、投機家たちが、いまもなお金融の世界の中心であるドルの空売りをして何度後悔するハメになったか数えてみよう。1997年から98年にかけてのアジア通貨危機とロシア財政危機の際、投資家たちは、米連邦準備制度理事会(FRB)による過剰な金融引き締めは集団的なドル離れを引き起こすのではないかと案じた。
2000年代初頭には、米国のイラク侵攻に対する怒りが金融・貿易面でのドルの役割を危うくすると思われた。当時、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチのエコノミストだったジョセフ・クインランは、ジョージ・W・ブッシュ米大統領の「ならず者国家」政策はドルの信認を揺るがしかねないと警鐘を鳴らした。
次に、2008年から09年にかけてのリーマン危機があった。経済学者のヌリエル・ルービニはそれに先立って、市場に「ドルを放棄」させる「悪夢のようなハードランディング・シナリオ」について言及していた。
2013年のFRBの「テーパー・タントラム」(当時のベン・バーナンキ議長による量的緩和縮小=テーパリングの示唆をきっかけとした金利急騰などの市場の混乱)も、ドルにとって危機的な局面だった。
そして現在、ドナルド・トランプ米大統領による最新の貿易戦争と「トランプ関税」が世界の貿易にもつ意味をめぐる混乱が、新たなドル不安をくすぶらせている。トランプはそもそも関税で何をしようとしているのか、あるいはしていないのか、どこが標的なのか、理由は何なのかをめぐっても混沌とした状態にある(編集注:本記事はトランプが貿易相手国・地域に対して「相互関税」なる一方的な関税を発表する前に執筆された)。
ワシントン発の混乱のなかで続いていた強気相場は、混乱やボラティリティーはたんなる副作用ではなく、むしろ目的そのものなのではないかという根本的な疑問も生んでいる。