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教育

2025.03.28 11:15

京大准教授の寄稿「平和の反対語は?」が話題 | 鹿児島ラ・サール中入試問題に

反対語のワークショップを通じて、何気なく使っているわたしたちの言葉、それが表す概念の輪郭をもう一度はっきりさせるきっかけが生まれます。改めて、「平和」の反対語を「戦争」や「争い」といった言葉を使わずに考えるとしたら、わたしたちはどんな言葉を頼りにすればよいのか。それがわたしの頭から離れない大きな問いの一つとなり、この企画をきっかけに、たくさんの人に同じ問いを投げかけたくなりました。

ある人は「差別」や「格差」といった強く否定的な言葉を用い、またある人は「ぎすぎす」や「ざわざわ」といった表現でなんとか頭の中にあるモヤモヤしたものの輪郭を説明しようとしてくれました。「平和」の反対語を考えるときに、よく知らない「戦争」という言葉だけで、果たして平和にちゃんと向き合うことができていたのか。「戦争はよくない」「戦争はなくすべきだ」。どんなに美辞麗句を並べても、やはりわたしたちは戦争を直接は知らないし、止める方法も起こさないやり方も、理解しているとは言い難い。まずはもっと身近な言葉から、自分たちの知っている言葉を尽くして「平和」の反対語を考えるべきではないでしょうか。

「平和」の反対語についてはまだ考え始めたところで、適切な言葉は見つかっていません。それでも「違いを認めようとしないこと」や「知らないことを遠ざけてただ恐れること」など、説明可能性を高めてくれそうな重要な言葉も見つかり始めています。日常生活のなかで、自分が経験してきた言葉で説明できれば、少しずつ手元で考えられることも増えてくるはずです。

反対語の反対を考えることで、「知らないままにせず、もう一歩近づく勇気をもつ」「情報を鵜呑みにせず、自ら声をかけて確かめてみる」といったアイデアも浮かんできます。これならどこかの誰かに解決を任せきりにせず、自分たちにも主体的にできることが残されています。この延長線上に平和のタネがあるのであれば、わたしたちにもまだできることがたくさんあるはずです。

そのような視点で改めて、いわさきちひろさんの絵本を読み返してみると、平和という言葉が直接に使われていないだけで、絵本のなかに示唆に富むたくさんの視点が見つかります。人生で何か、かなしい気持ちや絶望的な気持ちになってしまったとき、やさしい世界が広がる絵本の一冊を思い出すことで、心の安寧が手に入り、平和に向き合う力の一つとなることを祈念して。

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編集=石井節子

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