民生需要は技術進歩によって、限りなく安全保障問題に接近している。特に情報産業分野において顕著だ。世界最高水準の情報機関と自他ともに認める米国国防総省は、この分野で民間のテクノロジー企業より著しく劣後していることを憂慮して、2015年には民間人を登用したサイバーシステムの再構築プロジェクトを実施したほどだ。世界の紛争地域で使用された兵器に、意図せず日本企業の民生用品が使用されていることも珍しくない。
民間企業が、有無を言わせず安全保障問題に巻き込まれているのが世界の現実である。こうなると、民間企業、とりわけグローバル企業は、高度な安全保障への配慮と情報への格段の鋭敏さを求められることになる。サステナビリティを追求する一方で、国家にも劣らぬ情報戦を戦わなければならないのが現代のグローバル企業だ。
若泉先生が教えてくれた19世紀イタリアの政治家カヴール伯爵の言葉がある。カヴールは軍人から実業家、下院議員を経てイタリア王国初代首相に就任した人物である。軍事、ビジネス、政治外交に通じた人物で、こう言い切っている。「私は外交官を欺く方法を知っている。真実を話したら、彼は決してそれを信用しないのだ」
企業が泳ぐ世界の海は凪ぐことがない。SDGsやESGを追い求めながら、同時にしたたかな情報戦争に勝ち抜いていかなければならない。残念ながら、企業人もカヴールの箴言を頭の片隅に置いておくべき時代なのだろう。
川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。