教育

2025.05.06 11:30

受験戦争に「鳥の目」を:川村雄介の飛耳長目

smolaw / Shutterstock.com

smolaw / Shutterstock.com

濡れたような新緑の下を行き交う新入生たちがまぶしい。そのなかに私の教え子の一人息子がいた。彼の両親は20年前に中国から長崎大学に留学していた。母親の陳さんは、息子の晴れ姿に目を潤ませる。「息子は頑張ってくれました。この有名な小学校に入学できて最高の気分です」。

陳さんは息子が幼稚園に上がると、早速小学校「お受験」の準備に入った。首都圏の小学校情報をくまなく集め、膨大な量の教材、教具に親子で立ち向かった。志望校に強いと評判の塾には、週3回電車を乗り継ぎ、往復3時間をかけて付き添った。日本の礼儀作法に疎いから、と礼法教室にも通った。潮干狩りや田植えと野外活動も欠かさなかった。陳さんは会計に通じ、スタートアップ企業の財務責任者として活躍していたが、それも辞めた。息子の受験に全精力を注ぐためだった。

この話を友人の中国人大学教授にすると「ああ虎母だね」とほほ笑む。「私の母も妻も虎母でした。中国人の一生は大学で決まるからね。孟母三遷の伝統かな」。虎母とは、猛烈な教育ママという意味だ。

日本の受験も人生の一大イベントである。私の大学受験時代には、四当五落(4時間睡眠で頑張れば合格できるが5時間寝てしまうと受からない)がまともに語られ、ラジオからは「受験生ブルース」が流れていた。

今や受験戦争は小学校、否、幼稚園にまでおりている。親に付き添われた2、3歳の幼児が健気に受験教室に通う姿を見て、私は思わず「越後獅子の唄」を口ずさんでいた。昨今では、父親の役割も大きくなっている。

だがこんな日本でも、中国国内よりはまだ楽だそうだ。中国といえば科挙を思う。時代的な限界があったものの、それなりに門戸を開き情実が入りにくい制度だったといわれる。その代わりに試験準備は過酷であった。受験勉強に数十年を要したケースも珍しくなかった。北京の中国社会科学院の隣に残されている科挙の最終試験会場跡が往時を思い起こさせる。

現代中国版の科挙が「高考」と呼ばれる大学統一試験である。日本の共通テストの受験者数50万人に対して高考受験者数は1,300万人を超える。日本と異なり大学ごとの個別試験はなく、この全国規模の統一テスト(省ごとに実施され厳密には統一ではないが)の結果で、一本大学、二本大学、三本大学にふるい分けられる。しかも中国には浪人を嫌う風潮があるので、現役合格を狙う高校生たちの勉学ぶりはまさに受験地獄そのものだ。メンタルを損ない自死の悲劇も起こる。「只要学不死 就往死里学」、勉強で死ぬことはないから、死ぬほど勉強しろ、という標語があるという。

次ページ > 東アジア諸国は受験地獄地帯

タグ:

連載

川村雄介の飛耳長目

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事