コスト増大は気にしない
多くの課題があるにもかかわらず、ファムはビンファストの成長のために資金を投入し、事業拡大の大半を支えてきた。23年4月、ファムとビングループはビンファストにさらに25億ドルを投資すると表明。10月には、現在は主に中国から輸入している電池を自給できるように、ビンファストをビンESエネルギー・ソリューションズと合併させた。しかし、ビンファストは17年の創業以来、まだ黒字化は果たしていない(テスラは黒字化に17年かかった)。第3四半期の売り上げは2.5倍以上増の8兆2500億ドン(3億3800万ドル)となったが、世界展開のコストがかさんだ結果、損失も34%増の15兆ドンに拡大した。それでもファムは、ビンファストが24年にはブレイクし、25年までに黒字化できると見ており、同社のグローバル・ブランド化コストがどれだけ膨らもうと動じはしないようだ。
ファムの経歴を見ると、自動車製造業というより起業家というべきだろう。奨学金を得てモスクワ地質探査大学で原料採取学の学位を取得した後、ウクライナでベトナムレストランを立ち上げたが、うまくいかなかった。だがその後1993年にいちかばちかで始めた即席麺販売が大きく当たり、2010年にその事業をネスレに推定1億5000万ドルで売却。その資金を母国ベトナムでの事業に投じ、ニャチャンの島に高級リゾート、ビンパールを開業した。
そして17年に内燃機関(ICE)を搭載した車を製造するビンファストを創業。1年後にはスマートフォンを扱うベンチャー、ビンスマートを立ち上げた。EVに集中するため21年にビンスマートからは手を引いたが、スマホ向けに開発した技術はビンファストで車の機能をコントロールするパネルに役立てられている。22年、ビンファストはICE車の製造を終了。EV車専業となった。
「EV化は、世界中でもう元には戻れないトレンドです。取り残されるわけにはいきません」(トゥイ)
ビングループは今や、教育、保健医療、不動産、テクノロジーを手がけるベトナム最大級のコングロマリットとなっている。トゥイは08年に最高財務責任者としてビングループに加わった。それ以前はリーマン・ブラザーズで8年間、さまざまなポジションを歴任し、日本の国際大学で経営学修士号(MBA)を取得。その後ビングループのCEO、次いで副会長になった。17年には、ファムからビンファストの会長に、21年にはCEOに任命された。
ニューヨークに本社を置くシャルダン・リサーチのアナリストは、ビンファストならグローバル市場で独自の場所を切り開けると考えている。シャルダンは、米国、カナダ、ヨーロッパ、ベトナムへのEVの出荷は、業界全体で22年の210万台から28年には1080万台にまで大きく伸びるとみている。
グローバルな展開には障害も付きものだが、ビンファストは生まれたばかりのEV業界で重要なプレイヤーになることに注力している。
「我々の前には大きな可能性が開けています。その機会をものにすることができれば、とてつもない成功を手にすることができるのです」(トゥイ)
ビンファスト・オート◎2017年創業のベトナムの自動車会社。22年にはICE車の生産を終了し、100%EV車のメーカーとなった。今後、ベトナム以外に、米国、インドネシア、インドの工場で生産をしていく計画。23年1~9月、納車台数の60%はベトナム国内向けだが、8月には米ナスダック上場を果たし、米国・欧州市場でのシェア拡大を目指す。