是枝:例えば、カンヌの映画祭に行くと海沿いの高級ホテルの最上階スイートルームは、ハイブランドが抑えています。アンバサダーを務めるハリウッド女優が滞在して、映画祭期間中には、そのブランド主催のパーティーやレセプションに顔を出す。すると映画祭としての華やかさが保てるし、ハイブランドとしては、ある種の文化貢献がアピール出来る、というビジネスの仕組み。映画祭側も彼らを上手く巻き込んでWin-Winの関係を形成しています。
余談ですが。アジア一と言われている釜山映画祭では、期間中に、アジア中から映画監督の卵30人を集めて、映画学校を開くんです。その監督の卵が短編映画を撮り、優秀賞が選出される。その後、彼らは本国に帰り、何年後かに新作を撮影して、釜山映画祭に今度は招待されて戻って来る、という循環が生まれているわけです。ちなみに、この映画学校は、シャネルがスポンサー。こういうスタイルでの企業の芸術家支援は、ここ10年で積極的になってきました。
谷本:映画って監督だけで作るものではないし、チームで作るものですが。スーパースターチームが国内に出てくれば、業界は活性化するものでしょうか? あるいは、グローバルで活躍する大谷翔平選手みたいなスーパースターひとりがいれば、活性化するものなのでしょうか?
是枝:悩ましい質問ですね(笑)。どっちも必要だと思います。僕に関していえば、日本語しか話せないし、海外に進出してる訳ではないという後ろめたさがある(笑)。でも、自分の映画公開時は、ニューヨーク大学やロスのUCLAで、映画の授業を積極的に行なっています。ただ残念なのは、生徒には、ほとんど日本人がいない事です。
『万引き家族』も、今回の「怪物」もそうですが、アメリカで劇場公開をすると、その配給会社には、確実に中国系と韓国系のスタッフが、いるんですよ。このあたりから変えていかないとなかなか日本映画を海外で成功させるのは難しいと思います。
3大成功哲学は、「作品力」「健康」「運」
谷本:興味深いリアルな実情ですね。映画ビジネスを数々見てこられた監督からご覧になった、成功体験をお話いただけますか?是枝:これ多分、映画業界だけではなく、ビジネス業界全部そうだと思いますが。僕に関しては「人より心と体が丈夫だった」。あとは、「運」と「縁」です。困り果てている時、必ず手を差し伸べて下さる方が現れたから。
谷本:ちなみに、手を差し伸べて下さった方って、どのような方なのでしょう? スタートアップが成功したい時、どうやってスポンサーを探したらいいのか?のヒントになるような気がします。
是枝:手を差し伸べて下さった人から言われた言葉は、「昔の俺にそっくりだ」という言葉でした(笑)。共感とでもいいましょうか。今でも忘れられないのは、『歩いても歩いても』まで、方向性を一緒に模索してくれたパートナーがいました。「エンジンフィルム」というコマーシャル制作会社の会長で。この会長と、彼が心酔していた相米慎二監督と組んで、映画を何本か撮られていたんだけど、相米さんが亡くなられた。それで会長は、相米さんの代わりが欲しくて、それが僕だったんではないのかな? それも運命だと思いました。
ところが、会長が2009年に突然亡くなり、途方に暮れてた時に、また手を差し伸べてくれる方が現れた。それが「ギャガ」の依田会長。そんな風に、誰かがバトンを手渡しながら、何となく僕のキャリアにずっと寄り添ってくれてるんですよね。
谷本:是枝監督の才能に惚れ込んだ方のバトンタッチなのですね。
是枝:才能と言われてしまうと、身も蓋もないけど(笑)。才能があると思ったことは、謙遜でも何でもなくて一度もないです。「運」と「縁」です。
僕は、「テレビマンユニオン」を経たテレビ出身者です。幼い頃からテレビっ子でテレビ育ち。生粋の映画人ではないので、映画ネイティブではない、外側からの視点での映画を作ってるんだ、という部分が根っこにあるのかも。