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2024.01.08 14:00

伝説的起業家、ピーター・ティール。その哲学思想と描く「理想の社会」とは

遠くに臨む「非暴力の『神の国』」とは

なぜティールにとって民主党は「悪」なのか。それはリバタリアンの観点からすれば、民主党が中央集権的で、多くの規制を課すため、技術開発が不自由になるからである。またティールは学生時代に左派に対抗する保守系学生新聞『スタンフォード・レビュー』を立ち上げた時から、左派のアイデンティティ・ポリティクスを問題視してきた。

ティールに言わせれば、ジェンダーや人種といった属性によって立つこうした運動は、多様性を謳いつつ、実際には異なる考えの人を排除し、異なる意見同士の連帯を難しくし、結果画一的な集団を形成する。この左派の同質性はジラールの模倣的欲望の観点からも解釈できる。ジラールは模倣的欲望に支配される人々は結果的にどんどん似通っていき、似ている相手との違いにこだわって互いを攻撃し始めると論じたが、この解説は万人の平等を求める左派運動がしばしば専制的になり、最終的には内ゲバのような内部分裂を起こすプロセスにも当てはまるだろう。同様にティールは個々人の自由と独立性、多様性を称揚する立場から、グローバリゼーションを批判し、生成AIを危険視し、一党独裁国家としての中国を敵視する。

他方でティールが啓蒙しようとしている右派はどうかといえば、現行の社会に不満をもつ有象無象の反逆者が寄せ集まり、結果的に現代のカウンター・ムーブメントのような様相を呈している。ティールがかかわりを深めているニュー・ライトの集会、ナトコンには、トランプ主義者、妊娠中絶反対派の有名政治家たち、宗教的価値観を重視する伝統主義者、急進右派の若いインテリ、ネット・インフルエンサーのブロガーやポッドキャスター、親イスラエルのタカ派、マルクス主義文芸批評家、反動的なフェミニスト等、現在のアメリカの主流派である中道左派から見たら魑魅魍魎ともいえる輩が集結している。ティールはこのポピュリズム的な国粋主義者の団体をスター・ウォーズの反乱軍に例え、「真の多様性を実現している」と鼓舞する。

さらに最近のティールは、敵視してきた左派のアイデンティティ・ポリティクスに対して、ジラール哲学の観点から積極的な評価を述べることが増えた。ジラールは、競争が激しくなった共同体では犠牲というかたちでの暴力が生じると述べ、この暴力を解決しうるのは、イエス・キリストが示した愛=非暴力しかないと論じた。ジラールによれば、イエス・キリストの受難を物語る新約聖書の福音書は、模倣的な社会で非暴力の実践者が暴力の犠牲者になってしまうことの証言である。

リベラルなシリコンバレーでは少数派であるキリスト教徒のティールは、キリスト教理解においてもジラールにインパクトを受けた。彼は、社会の言説でかき消されてしまう犠牲者の視点を伝える聖書は極めて重要だと述べ、キリスト教は自分にとって世界全体を見るプリズムだと語る。そして、そのプリズムを通して見たときに、左派のアイデンティティ・ポリティクスは「赦ゆるしのないキリスト教」だと思うようになったと述べている。


Keyword06|カウンター・ムーブメント
1960年代に公民権運動と連動しながら若者たちが起こした反体制運動。当時は左派がこの運動を担ったが、この運動に影響を受けた人々が体制側となった90年代以降、カウンター・ムーブメントを担うのは右派になったと哲学者ジョセフ・ヒースは主張する。

Keyword07|キリスト教
ドイツ人移民のティールの両親は保守的なクリスチャンだった。ティールはキリスト教を世界観として重視する発言をし、神は原理主義者が考えるような暴力的な存在ではないと語る。テック業界には珍しい宗教的発言が、彼を深遠に「見せている」という分析もある。

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文=柳澤田実

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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