また自分自身がゲイであることを高らかに表明し「どのようなアイデンティティも尊重されるべきだ」としたうえで、アイデンティティ・ポリティクスを巡る左派・右派の文化戦争によって、アメリカの停滞という本質的な問題から目をそらしてはいけないと訴えた。そして演説の最後には、この状況を打開できるのは、政治家としてのしがらみをもたないトランプだけだと述べ、彼への投票を促したのである。
ティールがビジネス拠点とするシリコンバレーにはリベラルな民主党員が多いため、彼のトランプ支持の表明には多くの人が衝撃を受けた。同業者やメディアからの批判が沸き起こり、スタンフォード時代からの親友でLinkedInの創業者のひとり、リード・ホフマンも、この時以来ティールと話す機会が減ったことを認めている。ティールは右派への巨額の政治資金提供者として、また左派のアイデンティティ・ポリティクスを批判する反動主義者として一挙に周知されることとなった。
「悪い」ほうを批判、「馬鹿」なほうを教育
最近では「ニュー・ライト(新右翼)」のブレインと目されるティールだが、彼を単純に共和党支持の極右と決めつけられるほど話は単純ではない。コロナ政策などに失望したティールは、20年の大統領選ではトランプを支持することはなかった。最近のインタビューで16年にトランプを支持した理由を尋ねられると、ティールは以下のように釈明をしている。トランプを支持したことは、メディアが書き立てたようなシリコンバレーへの逆張りでもなければ、反動主義でもない。彼はトランプのスローガン「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」に共感し、この大統領選をきっかけに、自分たちが過去と比較して本当に停滞していることをアメリカ国民に認識してもらいたかったのだという。「だから10年後を見てほしい」とティールは言う。この出来事が果たしてどのような未来を切り開くのかはまだわからないのだから、と。
22年の中間選挙では、ティールは、かつて自分の部下であった共和党候補者J・D・ヴァンスとブレイク・マスターズに巨額の資金援助をし、見事にヴァンスをオハイオ州の上院議員に当選させたが、同時期に左派寄りの非営利団体にも多額の寄付をしていたことはあまり知られていない。またFBIの情報提供者だったことが最近報じられたばかりだが、これはFBIの検閲を批判するヴァンスらの姿勢と明らかに矛盾した行動である。
要するにティールは米国メディアが決めつけるほどには党派的ではない。「民主党は悪の政党で、共和党は馬鹿な政党」と忌憚なく語るティールは、現状「悪い」ほうを批判し、「馬鹿」なほうを教育しており、イノベーションを実現するような新しいアイデアが生まれるには、それが最も効果的だと考えているように見える。
Keyword04|アイデンティティ・ポリティクス
人種、民族、ジェンダー、障がいなど特定の属性をもつ集団が構造的不利益を被っている場合、その不正を正すために行われる政治的運動。右派はこの政治運動の行き過ぎをWokismなどの概念を用いて批判しており、ティールやマスクはその代表的人物。
Keyword05|ニュー・ライト
共和党内の新しい保守を目指す刷新運動で過去にも種々存在した。最近ではトランプ主義やQアノンとも結びついたオルト・ライトが有名だが、反動主義、ポスト左翼、ヘテロドクスなどさまざまな運動体がある。現在その中心にある団体のひとつがナトコンである。