長年この国内トップカテゴリーで「最速男」と呼ばれ、最年長ドライバー、そしてトヨタ勢のエースとして第一線を走ってきた立川祐路選手が引退を発表し、今週末モビリティリゾートもてぎ(栃木県)で開催される最後のレースに臨む。
彼にとって、引退という決断はどのようなものだったのだろうか──。
「定年を迎えるビジネスマンの方も同じような思いでは?」と穏やかに微笑む立川選手に、25年に及ぶ現役生活についてやファンへの想いなど話を訊いた。
──あらためて、引退という決断に至った経緯をおしえてください。
プロスポーツ選手にとって、引退はいつかはやってくるものですし、もう48歳という年齢でもありますので、意識はしていました。特に進退をかける覚悟でやってきた昨年以降は、成績も含め、自分が納得できるレベルで戦えているかという強い疑問がありました。
決断したのは、6月鈴鹿サーキットでの第3戦が終わった後です。
マシンのトラブルやツイてないことが続いたりと不振の原因は何かとありましたが、「以前の自分だったら、そうした時でも自分でなんとかできていた」という思いがありました。でも今それができてない。ならばけじめをつけるべきだと、誰に相談することもなく、自分ひとりで決心しました。
何か具体的にこれができなくなったということでもなく、今もレースはそれなりにできているのですが、それなりじゃダメなんです。トップじゃないと。
「誰よりも速く走る」ということだけを目指してやってきましたので、以前できていた自分の走りが、今できないというのが本当に苦しかった。
──メンタル面での要因が大きかったということでしょうか。
はい、決断という意味ではそうですね。体力的につらいとかいうこともないので。
色々と悩んできた中で、そういう辞めるタイミングみたいなことを現実として考え始めた時点で、それはもう辞める時なのかなと思いました。満足するパフォーマンスができていたら、多分そういうことって一切考えないですよね。まだやれるじゃなくて、完全にやれるじゃないと駄目。というか、考えない、やめられないくらいでないと駄目なんです。
あと、これまであまり言ってこなかったのですが、やはり同世代のライバルたちの存在は大きかったです。
──同世代のライバルというと、今スーパーGTやスーパーフォーミュラで監督を務めていらっしゃる、脇阪寿一さん、本山哲さん、道上龍さんなど、いわゆる黄金世代ですね。
共にそれぞれトヨタ・日産・ホンダというメーカーを背負って戦ってきたライバルがいたからこそ、負けないぞってやってこられたというのもあったのかなと。
もちろん車に乗ったら、20代の若手だろうがベテランだろうがみんな一緒ですけれど、全く一緒かというとやっぱり違う部分もあるんですよね。ハリというか、脇阪寿一には絶対に負けたくない!とか、そういう気持ちでやってましたから。
道上さんありがとうございました!
— 立川祐路 (@YUJI_38) October 15, 2023
そして今日もトークショーに大勢集まっていただきありがとうございます!
この後のレース、気合い入れて行くので応援パワー📣🏁宜しく👍#道上龍#脇阪寿一#toyotagazooracing#SUPERGT #ZENT#CERUMO#オートポリス pic.twitter.com/N5ww05yCzX