「ねえ、みんなでブラジル料理をつくってみない?」
ポンデケージョ(チーズ味のパン)、フェジョアーダ(豆のシチュー)、パステオ(揚げ餃子に似ている)、カマラオアバイアナ(エビのトマト煮込み)……どれも大好評だった。以来、ブラジル料理のイベントを開催したり、みんなでバスを仕立てて群馬のキャッサバ農家を訪ねたり、ミリアンさんは楽しいことを次々と繰り広げていく。
キャッサバはブラジルをはじめ東南アジアやアフリカでもおなじみの食材だ。移民や各国料理のレストランが増え、日本でもさまざまなエスニック野菜が栽培されるようになってきた。ミリアンさんが「名取でブラジル野菜を育ててみたい」と考えるのはごく自然な流れ。だけどわたしが驚いたのは、「できれば津波の被災地でブラジル野菜を育ててみたいと思った」
と続けたことだ。名取市では1500ヘクタール以上の農地が津波によって流出、冠水の被害を受けていた。沿岸部は災害危険区域に指定され、家を建てることはできない。
「土壌や井戸水の塩分濃度が高いところもあるけど、むしろそういう土地でチャレンジしたかった。うちのじいちゃんたちもブラジルを開墾したでしょ。わたしもそういう冒険がしたいと思ったのよ」
あぁ、開拓者の心は受け継がれていく!
キャッサバはうまく育たず、ブラジルのキュウリは大きなタネが不評だった。トライアンドエラーを繰り返して、ミリアンさんは「ビキーニョ」にたどり着く。ポルトガル語で「鳥のくちばし」を意味する名の、赤と黄色の小さな唐辛子。甘みがあって、どんな料理にも合う万能薬味だ。
現在、ミリアンさんの熱意に応えて畑を提供してくれる農家が2軒。夏から秋にかけて収穫したビキーニョは500g1200円ですぐに売れてしまうらしい。いずれは地元の特産品にしたい、日本の建物が好きだから古民家カフェをやりたいとミリアンさんは意気込んでいる。
「もしお金があったらみんなのために何をしようかって考えるの。やっぱりブラジルで力を合わせて生きてきた祖父母や両親の影響なのかしらね」
曇り空から日が差して、ビキーニョの苗を照らしている。