金井真紀◎1974年、千葉県生まれ。テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て、2015年より文筆家・イラストレーター。著書に『はたらく動物と』(ころから)『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『マル農のひと』(左右社)、『世界はフムフムで満ちている』(筑摩書房)など。
最近わたしはひじょうに豊かである。ときどき自分の財産を見渡してニンマリしている。もちろんお金はもっていない。安定の貧乏だ。でも海外ルーツの友人が少しずつ増えて、そのことがわたしの暮らしをひじょうに豊かにしてくれている。
もともとご近所の中国人とビールを飲んだり、隣の駅に住むルーマニア人とワインを飲んだり、ゆるい酔っ払い国際交流はしていた。そこへもってきて昨年『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)という本を書き、仲間と一緒にイベント「難民・移民フェス」を立ち上げたことで一気に火がついた。いまでは毎日のようにLINEやWhatsAppでいろんな国の出身者とやりとりをしている。語学力はからっきしなので、翻訳アプリの世話になりまくっている。ありがたやありがたや。
そんなわたしに本誌編集部からメールが届いたのは春まだ浅いころだった。日本に住んでいる世界のひとにお金の価値観についてインタビューしてほしいとの依頼。お金とは縁が薄いわたしだが、取材にかこつけてまた友人が増えそうな予感がして引き受けた。
現在、日本には300万人を超す外国人が暮らしている。この数字には日本国籍を取得した人や非正規滞在者は含まれていないから、実際にはもっとたくさんの「世界のひと」が隣人なのだ。そのなかの誰の話を聞いたらいいだろう、と最初は迷った。「どなたか面白い人いませんか」と周囲に相談しているうちに、4人が浮上した。
たまたまなんだけど、4人とも起業家だった。出身地域や来日した理由、祖国とのつながり方はさまざま。だけど、まだ誰もやっていないことを始める人がまとう勇気と高揚感は共通していた。それから、お金や才能を独り占めしようなんてこれっぽっちも思っていないところも。魅力的な4人の物語を味わって、一緒に世界の断片を感じていただけたら幸いである。
FILE 01 700年の歴史、イエメン産コーヒーの魅力を知ってほしい!
アル モガヘッド タレック さん イエメン出身タレックさんを訪ねたのはラマダン(イスラム暦9月。イスラム教徒は日の出から日没まで断食をする)だった。取材に応じてくれた夕方は最もおなかがすく時間帯だろうに、タレックさんは朗らかに出迎えてくれた。
「ぼくは断食中だから飲まないけど、どうぞ」と入れてくれたイエメンコーヒーの華やかな酸味に感激しつつ、タレックさんとコーヒーの物語をたっぷり聞いた。
「小学生のころからいつか日本に行ってみたいと思ってました。アラビア語吹き替え版の日本のアニメをよく見ましたよ。『名探偵コナン』とかね」
首都サヌア近郊で生まれた。3人兄弟のいちばん下。ふたりのお兄さんととても仲よしで、ずっと同じ部屋で育ったという。高校3年生だった2011年、アラブの春の余波を受け、サヌアでもデモや武力衝突が頻発。それはやがて隣国サウジアラビアとイランの代理戦争のような泥沼の内戦に発展していく。