放棄された山が輝き出す 「秘伝の森レシピ」で挑戦する新しい林業

西野文貴(写真左から2番目)は森林現場の技術を担当し、兄の西野友貴(写真左から3番目)は販売・事務を担当する。自社農場は4.5ヘクタールの広さを持ち、地域の障がい者雇用も行う。苗木栽培の担当者と。

里山ZERO BASEで欠かすことのできないのは、子どもたちへの環境教育だ。

advertisement

「なぜこのエリアだけ、荒れているか。この小さなへこみ、よく見てください。これ、実は鹿の足跡なんです。ではなぜ、鹿はこの林に来たのでしょうか」

一見、偶然の所産のようにみえる森の景色にも、その全てに理由がある。

「この木だけが残っている理由、わかりますか」と西野が差し出した枝の折れ目からは、鼻をつく匂いがした。
advertisement

「これじゃ、鹿も食べられませんね」

西野が案内すれば、鹿に荒らされた何もない土地も、格好の環境教育の教材となる。何もないことは、植樹でこれから森をつくっていける余白だ。無が価値となるのだ。

荒れた森林の再生に植樹で参加し、自然の理を学びながら、ゼロから森をつくる──それは都会で提供できない、高付加価値の教育体験となる。CSR事業委託企業の社員は、家族と森づくりに参加できる。社員にしてみれば、勤め先のCSR費で、子どもに本物の環境教育を受けさせてあげられるのだ。

森づくりが変えるのは、何も子どもだけではない。

「植樹をして人生観が変わったという大人に、何人も会ったことがあります。木は、自分よりもずっと長く生きる。きっと植樹の体験が、自分の命よりも長い時間軸を持ったものに触れる機会になったからだと思います」

中国、フランスから中東、アフリカまで、世界中で植樹の指導をしてきた西野には、植樹という非日常体験が、人生を揺さぶるという確信があった。

「森づくりって結局、人づくりなんです」

西野のように、秘伝の森のレシピを知る者も、いまや10人以下。研修事業にも注力する。宮脇最後の弟子として、西野は世界に知恵と技術を惜しみなく広め、ゼロからの森づくりを進める。
西野は中国、インド、中東からアフリカまで、世界中でも植樹指導をしてきた。

西野は中国、インド、中東からアフリカまで、世界中でも植樹指導をしてきた。

森づくりの宿命

実は、里山ZERO BASEの構想が動くまで、着想から10年もの月日がかかった。なぜなのか。

「森づくりは、狭い業界です。その内で、自分にとっては価値があると信じて、ずっとやってきたものが、外から客観的に見た時に、どれほど価値があるのか。どうしても、信じきれていない部分がありました」

西野の半生から森づくりを除けば、何も残らない。本物の森づくりを引き継いでいくため、明治神宮をはじめ、鎮守の森の調査に心血を注いできた。調査した森は、1000ヶ所を越える。調査からの研究、植樹祭での指導、子どもたちへの教育、時間と労力を惜しんだことはない。こうして全国を駆け回るため、学費を稼ぐバイトもできず、博士号取得までに、1000万円以上の奨学金を借りたという。西野に、森づくりに人生を捧げる覚悟はあった。しかし、確信だけがなかったのだ。

「でも、春山さんから『社会にとってすごく大事な事業をしているから、自信を持ってやった方がいい』と何度も言ってもらって。その言葉に、背中を押されました」

春山慶彦。登山アプリ「YAMAP」を提供するヤマップのCEOだ。同アプリの累計ダウンロード数は370万を突破。国内登山人口の半分以上が、利用している計算となる。春山は、スタートアップの世界では、異色の存在。創業期に「ニッチで、儲からない」と投資家に言われ続けた「山」という領域を、見事ビジネスにしてみせた起業家として知られる。

春山は、西野とは違う角度から、主体的な森づくりを画策する一人である。春山の考えはこうだ。

「人が豊かになるために、自然環境が貧しくなってはいけないんです。僕たちが事業を行う登山・アウトドアという領域でいえば、山を楽しむ登山者が増えることで、山がどんどん削られ、貧弱になっていくことは、目指すものではありません。山に登る人が増えることで、山が豊かになる。そんな仕組みをどうやってつくるか、ずっと考えていました」
次ページ > 山に登る人に、山で植樹してもらう

文=山本隆太郎 写真=エバレット・ケネディ・ブラウン

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事